NOという権利(正確にはNOを通す権利)がなかったからこそ、相手と自分の考え方が同じである必要があった。祖母は私の意見を封じる時、理由を言わなかった。理由があれば、そこに気をつければいい。つまり、NOという権利がある。理由がなければ、何が何でも私に反論するなということになる。
祖母は、理由を言って相手と真正面から対話する習慣のない人だった。
このような形で意見を封じられてしまうと、とにかく意見が言いにくい。祖母の権力は絶大なので、彼女が否と言えば、家族全員を敵に回すのである。
NOと言うのも一苦労な私には、NOという状況があること自体、つまり、相手と自分が違うことは、普通の人に比べて困難なことに思えた。というか、非常に厳しい状況に置かれるというイメージが付きまとうのである。
そういう意味で、私は友達がいなくなっていった。要するに私は、祖母の幻影に恐れおののき、結果として、違うのは当たり前の友達を切り捨てていったのである。NOという権利、それがなかったばかりに、私は友人を恐れなければいけなかった。
今にして思うと馬鹿らしいことだが、その自分の心のメカニズムが分かるのに私はとても時間がかかった。よって、私には友人はいない。気づくのが遅すぎた。全ての友達を消去した後に、それに気づいたのだから。
人を信じる亊は、別の意味で言えば、人と人とが違う亊を認める事かもしれない。それはNOという権利を正当に認める事である。それができなければ、相手を信じる事などできない。なぜなら、僅かな違いでも許容できず恐れる事になれば、相手を信じる事などできないからだ。(恐怖で相手を信じる余裕がなくなる)