SKY NOTE

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映画:ヒューマン・トラフィック(人身売買)

今日(4月12日)の27:20 テレビ東京で人身売買をテーマにした映画がやる。
(すいません、放送時刻間違えました ×:25:20→○:27:20)

先週前編を見たのだが、登場する犯罪組織のリーダーががいじめっ子の行動パターンと同じで、昔を思い出した。無限に権利を主張し、相手から権利を無限に奪い取る。人が増長すると果てしなく汚くなる事を思い出させた。

とても良くできているので必見!
この映画に対する感想がある。
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id327219/

1.見せないよりも見せたほうがいい

  • ネット規制法を作るよりもこういうリアルな作品を見せた方がよっぽど、危険に対する啓蒙になると思う。私は見せない様にするよりも見せて危険を察知できる人間を増やした方が、よっぽど少女の安全になると思う。

 
2.犯罪者が嫌がるのは捕まえられること

  • 前編ではアメリカの少女を狙わない犯罪組織、なぜなら、アメリカの国内法があるからというよりも、アメリカ国外でのアメリカの影響力、FBIが外国でNPOとして活動し、外国に連れ去られた少女を救い出す様は、流石だと思った。(日本の警察も外国で犯罪を犯す日本人を取り締まる為に、NPOなどを設立して、それに予算を出すべきだとこの映画を見て思った)そういう活動に予算を向けるべきである。出会い系サイトで少女に被害をもたらす犯罪者はIPアドレスから割り出して捕まえたり、OpenIDなどを普及させて、IDから割り出したりするべき。ネット規制法を作るよりも、人々に車のナンバープレートのような印があることを周知するべき。自分の存在がログに残っていることを理解すれば、おいそれとは犯罪は出来ない。

 
3.客は本能と抑圧的な社会が産み出す

  • また、客がいるからこういう犯罪が減らないという点では、私はこう思う。多くの人が異論がある事は承知の上で言おう。まず、性欲は本能である。だから滅する事は出来ない。その方向性を定めるのは環境である。例えば、マイケルジャクソンを見れば分かる。彼は非常に抑圧された家族の中で育った。だから、自分の欲望を子供(弱者)に向けてしまうのだ。子供時代に抑圧されることにより欲望を自分より弱者にしか向けられないのだ。

 
4.弱者からより弱者へ欲望はシフトしていく(八つ当たりは弱者へ)

  • 人間のエゴは、私の知る限り常に弱者に向かっていく、例えば、日常にこういう事はないだろうか、会社で上司に怒られるお父さん、お父さんはお母さんに愚痴をいい、お母さんは息子に当たる。つねに弱者にストレスが流れていく。つまり、児童に性欲をぶつけるという欲望もまた、常に抑圧された社会から産み出されたあだ花という事になっているのではないかと思う。実際、日本という国は個人を否定する同調社会でストレスが大きい社会だ。その証拠として、自殺者の数を日本とアメリカで比較すると、大体同じくらいで3万人だと言う。しかし、アメリカの方が人口が2.4倍程度いるから、自殺者から推計される日本のストレスはアメリカの2.4倍と考えられる。つまり、その分弱者への風当たりも強くなっていると考えられる。(ハッキリ言ってアメリカの方が貧富の差が大きく、厳しい社会環境なのにも関わらず自殺する人が多いのは日本の方なのだ)

 
5.準児童ポルノ法→欲望をリアルな子供へ向けさせる危険性

  • だから、準児童ポルノ法などでメディア規制をするべきというのは、全く筋が違うと思う。なぜなら、紙の上の少女はリアルな少女を救っていると考えられるからだ。最初に書いた通り、欲望の発生源は本能と抑圧的な社会である。「社会のせいにするな」と言うのならば、弱者に当たった事はないだろうか?私の知る限り、そういう事をしていない人は皆無だと思う。(私の子供時代の体験から言って、そういう事をしない人というのは一握りしかいなかった)であるのならば、そういう方向の欲望が存在する事実を否定は出来ない。であれば、どうするか?その欲望の方向がリアルな少女に向けられない様に、むしろ、仮想的な世界を規制しない方が良いと私は考える。

 
6.コンセプトが間違っている児童ポルノ

  • もし、規制すれば、本当の発生原因は消滅せず、実はその欲望を受け止めていたメディアをスケープゴートにして消滅させることになり、恐らく、リアルな方向に欲望のはけ口が向かう事になるだろう。児童ポルノ法、準児童ポルノ法は、問題の発生源を見誤っていると考えられるのだ。メディアが原因というコンセプトそのものが間違っている。(世の中にエロ本は溢れているが、だからといって強姦が増えているわけではない、現実は逆である。ポルノがあるから現実が安全になっている:エロ本をなくせば、男のスケベが治るなんて非現実的である)

 
7.実際には犯罪を増やした児童ポルノ

  • 実は、児童ポルノ法施行後の被害者数のグラフを見ると、そのようになっているのである。
  • 児童ポルノ法を施行した後、この規制の目的は被害者を減らす事にあったのにも関わらず、逆に増えてしまった。この法律によって検挙率が上がり、陰に隠れていた被害者が浮かび上がった可能性もあるので一概には言えないが、グラフを見る限りにおいて、減るどころか増えているという点がおかしい。(法律に抑止効果があるとするならば減らないといけないのだ)
  • この法律は明らかに失敗だったのではないかと私は思っている。その失敗原因は、問題の発生源の特定に問題があったと推測される。より弱者に向かうエゴの方向性を紙の上にずらしていたメディアを規制した事により、逆にリアルな少女に欲望が向かっていったと思われる。そう考えると、規制した途端に急激に出会い系サイトの被害者が増えたのもうなずける。

 
8.弱者に対するエゴは抑圧的な社会が生みだすものでメディアではない

  • 問題の発生源は実はメディアではなく、弱者からより弱者へ連鎖して濃縮していくエゴ(抑圧的な社会)にあると私は見ている。だから、メディアはその結果であって、原因ではない。むしろストレスのはけ口となっているメディアを塞ぐ事でより欲望の方向が仮想からリアルに流れ、より危険な方向に傾く事を私は危惧している。

 
9.規制をすればするほどストレスのはけ口を失って現実の少女が危険

  • 規制をせずにどうするか、準児童ポルノ法は廃案とする。そして、CGにすればいい。そうすれば、誰も傷つかないのだ。リアルな少女が性のはけ口として利用される事はない。今の技術だと超リアルなものが出来るので、何も犯罪を犯してリアルに向かわなくても...という発想に誘導できたらしめたもの。その事について、具体的に述べられている方がいましたので、紹介します。

 
ポルノと強姦(その1)

  • 性欲はなくならないし、日本の個人を否定するストレスフルな同調文化も簡単にはなくならない、それによって弱者へ向かう欲望の存在を否定できないのであれば、欲望の方向性を誰の迷惑にもならない方向に誘導する事が最も現実的な解決策だと思うのだ。

 
10.弱いものいじめは、さらに弱いものへのいじめの原因になる

  • みんなストレスは同じだと思うかもしれないが、実は違うのだ。同じ様にストレスがあっても、ストレスというのは、どんどん弱い者へ濃縮されて向かっていく、まるで逆ピラミッド型なのだ。同じではない。私がいじめられた経験から考えてもそうだ。人間には他人をいじめて憂さを晴らす傾向がある。彼らは軽い気持ちでそれを行う。それは弱者になればなるほど、強者は横柄になり、横暴になる。強者は弱者を生け贄(おもちゃ)にする。その構造は人身売買と同じではないだろうか?(だから真の加害者、ストレス源となっている人間(子供の親や上に立つ人間:強者)は「そんな事くらいで...」と考えやすい)例えるならば、猫にとってネズミを捕るのは遊びだが、ネズミにとっては命がけなのだ。→そのストレスが問題

 
11.欲望を滅することは不可能だが吐き出す場所を変えることは出来る

  • そう考えれば、そういう欲望を滅するなど私から考えると不可能だと思う。いじめを駄目と言ったっていじめはなくならない。原因は社会だから。大事なのは、彼らの欲望の方向性を修正する事なのだ。それがリアルであれば少女が泣き、仮想であれば誰も傷つかない。この違いは大きいと思う。見た目だけで物事を判断し、その本質をはき違えるととんだ逆効果になりかねないと思う。(準児童ポルノ法は仮想を規制してリアルを危険にする)
  • 性欲をなくすことはできないが、その欲望の矛先をずらす事は出来る。それで人が救われれば良いと思う。太陽と風の童話の様にただ罰則だけで解決できるほど、この問題は単純じゃない。単純な人には理解できないだろうが、この文章に書いた複雑な現象を理解できる人ならば、私の言いたい事が分かる筈だ。