SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

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ストレスはバケツの穴

攻撃されて、それをよけるためには、相手の動きを予測しないといけない。ネガティブな発想も、これと同じで、マイナスの発想がぶつけられた時、自分が傷つかないようにするために予め、そう言う考え方を予想しておいて、心の準備をしておく。しかし、このやり方の副作用は、予測する過程で自分もネガティブな発想に汚染されてしまうこと。それによって、必要のないストレスを貯めこむ。

ストレスを貯めこむのは、他人と自己を分離できないため、つまり、そういう考え方を拒否できない家にいたから、そういう視点で考えてみると、私が疲れやすい理由は、ネガティブな発想にあるといえる。

以上の記事に、健康とエネルギーをバケツの水に例えているが、正にそのとおりだと思う。私がネガティブな発想によって、バケツに常に穴が開いた状態で、健康とエネルギーを常に失っている。だから、疲れやすいのだ。私がするべきは、他人と自己を分離し、ネガティブな発想に汚染されないこと、他人のネガティブな発想と自分は関係ないことを自覚することで、バケツの穴を塞ぐことなんだ。

私がなぜ、他人と自己を分離できなかったかというと、反論しても強権によってねじ伏せられ、私には権利がゼロだったからだ。つまり、他人の意志が常に通り、私の意思は、それに比べると、極めて矮小なものだった。強権の存在が、私が他人を無視出来なかった理由だった。また、その強権が発動する理由が明確ではなく、曖昧であると、更に不安になった。つまり、強権が発動する条件が無限大に広がるのである。その結果、条件付けをして、その強権と自己を分離することが出来なかったのだ。

ただ、東京に来て思ったのは、そのような強権に再び触れることはなかった。そう、あの時と今は違うのだ。だが、私は今でも、不安にさいなまれ、バケツの穴は空いたままだ。私が意識するべきは、東京に来てから、強制されることはなくなったじゃないか、大丈夫だ。ネガティブなものと自己を分離できる。

私は、強権によってココロがネジ曲がった。その曲がっていた過去と、現在の状況の違いを意識することが大事なのだ。それを意識してネガティブなものと自己を分離することが私の心の疲労を解決する。いわばバケツの穴を塞ぐ事になる。

ココロのエネルギーを充填するためには、ネガティブな発想を出来るだけしない事、ネガティブな発想はバケツの穴と考えて、それをポジティブな発想で栓をする事。そう言う事をしようとすると、言い訳を言っていると言って文句を言ってくるひがみっぽい人が過去にいたけど、そういう馬鹿げた考え方を無視しようとしたら、強権によって黙らされたが、もう、黙らせる強権は死んでいること、そして、そのような強権は、もう私には存在しない。でも、特定秘密保護法は、あの家と同じ臭がする。だから、そのことだけは懸念材料だ。だが、それに飲まれてしまうと抵抗できない。大事なのは、呑まれないために、ポジティブであること、幸いな事に今回の選挙には農協という勝機がある。この勝機を元に勝つことをイメージするのだ。勝利のイメージを強くもち、実際に自分が勝った時のことを思い出しながら、どのようにしたら勝てたか、そして、これから、どのようにすれば勝てるか、そういう事を考える。そう思うと、「エースをねらえ!」のお蝶夫人の言葉が思い出された。

 エースをねらえ!12話
 http://youtu.be/7CYQ6Y7C0gk?t=19m27s

  • 「ひろみ、負けることを怖がるのはおやめなさい。たとえ負けたとしても、私はあなたに責任を押しつけたりしなくてよ」
  • 「ひろみ、負けることを怖がっちゃダメよ。それよりも、力を出し切れないプレイをすることを恐れなさい」

苦しいけどベストを尽くすこと、お蝶夫人の言葉こそ、今の私に必要な発想だと思う。そして、今の日本社会全体にも言えるかもしれない。エースをねらえ!のひろみを見ていると、自分に思えて仕方がない。