SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

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提案できないマスメディア

なぜ、私たち日本人が絶望するのか?疑問に思ったところ、よく考えてみれば、悲観的なマスメディアの論調にあると思う。ああいう悲観的な文章を毎日読んでいたら、気が滅入るというもの。インターネットで調べていると、ポジティブなニュースもある。しかし、それは報道されない。例えば、戸別所得保証金の予算枠1兆円(飼料米:10aあたり8万円)を使えば、現在ある休耕田100万ヘクタールを全て保証しても8000億円となる。「もみろまん」という品種を使うと10t/haの収量が得られるので1000万トンの飼料米が手に入る。これは、日本の食料自給率を大幅に上げる。なぜならば、これは、日本が輸入している飼料用ともろこし1200万トンに匹敵する規模だからだ。これによって、卵や牛乳や肉が自給できる体制が整うのである。食料自給率低迷に悩む日本にとってこれは朗報であるはず、しかし、このような食料自給政策という国民にとって重要なニュースが殆ど報道されない。
  
 山田正彦(元農水大臣)さんのblog
 驚異的な飼料用米が日本の農業を換えるのでは
 http://www.yamabiko2000.com/modules/wordpress/index.php?p=230
 
報道されない理由として考えられるもの
1.そもそも分かっていない
 報道機関そのもの勉強不足で重要な事が分からない。
 バラマキという1フレーズキャッチが飛び交うばかりで、その意味を理解しているか疑問
2.官僚と報道が癒着している
 民主党政権が正しい政治を行っていると困る官僚達と、それと癒着している報道機関
 
私は、どうも1があやしいと思っている。日本の報道機関は調査報道が出来ないと言われている。つまり、情報の価値が分からずに、ただ流れている情報を右から左へ流す傾向が強いのだという。つまり、一度、悪いイメージのついたものは、意味が分かっていないから、右から左へそのまま流してしまう。それが正しかろうが間違っていようが、それは分かっていないのだから仕方がない。
 
なぜ、飼料米が重要なのか?外国から輸入すればいいんじゃないの?と言われるかもしれない。しかし、世界人口が増加しているのに、砂漠化と新規の農地開拓が拮抗していて、農地は増えていないのだ。つまり、長期的に見ると、人口が増えているのに土地は増えていないので食料価格は高騰し、最悪、輸入できなくなる恐れもある。だから、食料を自給する体制を整える事は日本にとって死活問題。飼料米は、単位面積あたりの収量が他の作物に比べてダントツで高く、土地の狭い日本にとって最適な穀物なのだ。しかも、ある農家では30円/kg(トウモロコシの輸入相場価格:23.5円/kg 2011.1.5現在)と、非常に低コストで生産できる。今回の戸別所得保証金で農家は飼料米を作っても黒字になり、経営がやっていけると言っている。つまり、TPPを導入しても食料自給率は確保できる財政的体制が整ったと言える。つまり、こういう重要なニュースを単にバラマキという1フレーズキャッチで片づけ、非難しかしてないマスメディアは、一体、国民の為に情報を流しているのかと疑問に思ってしまうのだ。
 
基本的な地理の知識を運用するだけで世界情勢を理解する事は出来る。しかし、報道機関の記事を読んでいると、そういう基本的な事を理解していないと感じる。むしろ、ロイターのような情報サービス会社から得た情報や取材で得た情報の面を合わせて記事を単純に書いていると感じる。地理とか、科学とか、産業とか、そういう学術的かつ実学的なものを組み合わせて総合的に記事を書いているとは思えない。そういう分析や調査がないので、可能性が見えない。だから、提案できない。
 
私だったら「もみろまん」の収量10t/haと聞いただけで、「すばらしい」と思う。なぜなら、日本には休耕田が100万haあり、そこで生産すれば、1000万トン生産できる事になり、その規模は国内の飼料用とうもろこしの輸入量(1200万トン)と拮抗する規模、しかも、長期的には日本の人口は減り、2030年には人口比で1060万トン(1.27億人→1.13億人)となる可能性が高い。この時点で、世界の人口増加、農地面積、人口統計、国内の休耕田の面積、もみろまんの収量、国内の輸入作物の量とその用途、などの統計的な情報と面を合わせると、生産できれば、食料自給率を大幅に上げる事が出来ると分かる。それが戸別所得保証金によって農家が採算に合い、生産可能な状況が生まれたと来れば、同時にTPPに対応する体制が整うなど、貿易面でのメリットを総合して考える事も出来る。
 
しかし、そういった可能性も、統計情報を把握していればこそ分かる。日頃から日本の食料自給率を心配し、どうしたら、こういう問題が解決できるのか考えていれば、重要な情報は頭の中やPCにインプットされていくはずである。しかし、私の見るところ、そういう事をやっているとは思えない稚拙な記事を見る度に、日本の報道はなんてチープなんだと感じざる負えない。
 
悲観ばかりをして提案できないのは、情報発信者として恥であり、悪戯に社会に不安を撒き散らし、日本を停滞させるだけである。このような悲観しか出来ない報道機関は、社会にとって迷惑以外の何ものでもない。何も社会に対して考えていない事が露呈しており、誠実さに疑問を抱かざるおえない。
 
悲観は無能の証
 
己を無能でないと思うのならば、悲観ばかりしていないで提案するべきだ。提案できるだけ考えてこそ、他人の意見の価値も分かるはず。それが分からないのは不勉強の証だ。そして、そういう不勉強な記者が書いた記事は悲観的であり、絶望するしかない為、皆が下を向いてしまっている。これは単に不勉強な記者の責任であり、現実が悪いのではない。日本の絶望の半分くらいは、マスメディアの不勉強(物事の価値を理解できずただ絶望するしかない記事)が影響しているのではないかと思う。非常に情けない状況だ。
 
日本のマスメディアでは情報は流れるが、その意味は流れない。(例外は、池上彰さんの学べるニュースやNHKの解説報道くらい)情報はその意味を理解してこそ価値が生じる。ジャンク記事ばかり読まされて絶望する原因は、記者クラブ制度によって、(記者クラブに加盟していない)他の報道機関と競争していない事が原因ではないかと思う。競争があれば、悲観ばかりで提案がまるでないチープな記事は淘汰されるはずである。そして、私たちの絶望の半分はなくなると思うのだ。日本の絶望の半分は連中の責任だ。連中を競争という火の中に叩き込んで、無能というクズを灰にしてしまう事が今もとめられている。