SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

Pref..
Speech
STOP
Follow..
QR Code
|◀
▶|
QR
×
voice
volume
0
rate
0
pitch
0

この10年の世界を総括してみた

2001年から始まる21世紀最初の10年も今日と明日で終わり、次の10年が始まります。そこで過去を振り返って、この10年がどんな時間だったのか考えてみた。
 
2001年9月11日:アメリカ同時多発テロ

  • 21世紀の最初の事件は、これをおいて他にない。私は衛星放送でリアルタイムで見ましたが、当時は面白がって見ているだけでした。ビルに飛行機が突っ込むなんて、風呂あがりの私にはパロディにしか映りませんでした。極めて漫画的なので笑っていました。しかし、それがその先の時代を形作る大事件であろうとは、当時は思えませんでした。二機目の飛行機がぶつかってきた段階でやっと分かりました。「これはマズい」と。最初の1機目であれば、単純な操縦ミスとしても見れましたが、二機目となると明らかに意思があります。そして、これに対するアメリカの怒りが物凄く大きくなるであろう事は誰の目にも明らかでした。

 
2001年10月23日:Apple iPodを発売

  • 当時、iPodAppleにとって躍進の元となるとは思えなかった。1000曲入って、曲もジャンル別に好きな曲が引き出せる。素晴らしい製品だが、携帯音楽プレーヤーとしては、高価なのでマイナーなニッチな製品になるであろうと思っていた。なぜなら、今までAppleがいい製品を作っても、ニッチ市場以上に売れるという事はなかったからだ。しかし、2003年のiTunes Storeの登場が、その見方を変える転機となった。

 
2003年2月1日:コロンビア号、空中分解事故

  • アメリカの科学技術への威信を傷つける事故となった。墜落する映像はCNNで世界中に流れ、徐々に崩壊していくシャトルの翼は、まるで紙のように燃えて、散っていった。

 
2003年3月20日:イラク戦争

  • 阿呆のブッシュがイラク相手に行った戦争として私は記憶している。開戦前に国連で演説するパウエル氏の核心に迫る情報が欠落した説明と、各国首脳の渋い顔、これでこの戦争には大義がない事は明らかでした。各国首脳には、各国の諜報部の情報が集まってくるはずです。しかし、首脳達の渋い顔は、その諜報部の人間にすら、イラク大量破壊兵器があるかどうか分かっていない事を示唆していました。しかも、パウエル氏の国連での説明を見る限りアメリカのCIAですらも、戦争を行うほどの確たる証拠を掴んでいない。これらの状況から、推察できる事はブッシュのスタンドプレイである事は大体、分かった。そして、それに伴う対価は非常に高くつく事も、その後アメリカがこの戦争で武力的に勝利しても、戦後統治に難航し、苦しむ事は過去の歴史からみて明らかでした。そして、日本の小泉政権の代表がバカみたいにアメリカに追随して、アメリカの暴挙を否定しなかった事は、間抜けとしか見えなかった。ついでに、小泉もバカにしか見えなかった。(なぜ、ああいうバカを支持するのか、明らかにハッタリだけのバカだと分かるではないかと思うのだが...)短期間にこの戦争は終結したが、その後、主要な発電所や道路や橋が破壊されたと聞いて、これはマズいなと感じた。寒暖の差の大きい砂漠地帯で橋や発電所を破壊するという事は、電気や商品の流通が滞る事であり、それが民衆の怒りとなる事は明らか。ただでさえ、大儀に欠けた戦争で、その上、困窮にたいする民衆の不満も一緒に解決するとなると、非常に面倒、「やっちまったな、ブッシュ、返す返すも阿呆」と言うのが、私の評価だった。要するに一番やってはいけない事を、大規模にやってしまうところを阿呆だと評価する。私が評価するのは、それだけ阿呆な事をやっても国が持ちこたえられるというアメリカの国力、別の意味で凄いと思った。この国力がもっと世界の貧困の撲滅に向かっていたら...どんなにいいかと思った。その後2010年8月31日にオバマ大統領がイラク戦争終結を宣言した。私はこの戦争の是非について、友人と口論となり、絶交した戦争でもある。(彼が最後に残った近場の唯一の友というべき存在だったので、これ以降、私は友なし状態となる。言っておくが私は嫌な奴ではない、ただ、人を信頼する事が苦手なだけ → そーゆう奴が嫌な奴というのなら、私は嫌な奴である)

 
2003年4月:iTunesStoreが登場

  • アメリカで音楽が1曲99セントで買えるサービスが始まった。アメリカの大手レーベルをジョブスが説得し、かなりの曲がオンラインで買えるようになった。(アメリカのみ)これまでにも音楽コンテンツの電子流通がなかったこともなかったが、Appleの製品のように使いやすく、品揃えも豊富なものはなかった。それと連動したiPodがファッションアイテムとなり、iPodの白いイヤフォンが町中で見られるようになったのはこの頃だったかもしれない。当時のSONYATRAC3という独自フォーマットにこだわってしまった為、業界標準フォーマットであるMP3とフェアプレイというDRMを採用したiPodの躍進を許す結果となってしまった。日本で音楽が買えるようになるのは、それから二年後の2005年8月4日まで待たなければいけなかった。その間、先進的な事が出来ない旧態依然とした日本のソフト業界のイメージが固まったのもこの頃だったかもしれない。

 
2004年10月23日:新潟県中越地震

  • 新潟県マグニチュード6.8、震源13kmの地震が発生する。新潟県を中心に大規模な被害が生じ、日本全体が陰鬱な空気となり、その年のクリスマスは、ほとんどクリスマスらしい事はなかったのを思い出す。この頃から、クリスマスで騒ぐという事自体がなくなっていったような気がする。スーパーから、ケーキとか鳥の肉が派手に出なくなって地味にこじんまりまとまるようになった。この地震は、その後、近くにある長岡市のCO2地下貯留実験施設が地震の引き金を引いたのではないかと人為的地震の可能性も専門家の中で議論されるようになる。後に起こる四川省地震(2008年5月12日)も震源地の近くにある三峡ダムの影響ではないかと中国の地震学会で論文が発表されるなど、人為的地震の可能性が疑われる地震である。

   
  中越地震&中越沖地震は人災かも知れない!
   http://www.youtube.com/watch?v=yKelRMAnyis
  四川大地震の原因は三峡ダム?——「人為的地震を起こす方法」5つ
   http://wiredvision.jp/news/200806/2008061123.html
  ダムが四川大地震のトリガーに?:中国でも論文が発表
   http://wiredvision.jp/news/200902/2009020922.html
 
2005年8月:ハリケーンカトリーナがアメリカで猛威を振るう

  • アメリカのニューオリンズ市をほぼ水没(8割水没)させた台風。(死者1836人 行方不明者705人)このハリケーンが来るまでは、アメリカには環境保全派と、環境を破壊しても経済を優先しようというグループの対立が続いていたが、このハリケーンで勢力図が一気に塗り代わり、アメリカが温暖化問題に対して真剣に向き合うきっかけになったであろう台風である。この台風への対処が遅かったという事が祟り、ブッシュ大統領は、この時を境に支持率を急降下させていく。また、イラク戦争への人員と予算を優先するあまり、アメリカのFEMAへの適切な人員や予算の配分ができなかったと報道され、更にブッシュ政権凋落に拍車をかける事になった。そういう意味では、ブッシュはカトリーナに吹き飛ばされたとも言える。

 
2008年9月15日:リーマンショック

  • リーマンブラザースが連邦破産法第11章の適用を申請、当初は日本への影響はないと言われていたが、じわじわと影響が出始め、日経平均は一時、6000円台まで下がったが、現在は、10344円(2010年12月29日)と回復している。投資銀行が扱っていたサブプライムローンが焦げ付く事でアメリカ景気を冷え込ませ、アメリカの消費が大幅に抑制された事から、輸出で儲けている日本への影響が大きいと判断され、株価が大幅に下がった。

 
2009年1月20:バラクオバマが第44代アメリカ大統領に任命される。

  • 当初、私は彼は口だけの人間だと思っていた。だが、就任演説を聞いた時、考えを改めた。その後の金融危機への対処、GMの再建の手腕を見て、有能で誠実な大統領だと確信した。だが現在は、抱えている問題があまりにも大きすぎ、対処に苦慮しているという印象。それにしても、グリーンニューディールはまだなのかと思ってしまう。

 
2010年1月28日:iPad発売(アメリカ)5月28日(日本)

  • タブレットコンピューターというジャンルをメジャーにした。キーボードがなく、タッチパネルを搭載した板状のコンピューターで、出版物のように扱えるのが特徴。PCと同じようにアプリケーションによって機能を追加できる。これを実際に使っていて思った事は、紙よりも、使いやすいという事。紙の本だとページが跳ねないように抑えておく必要があるが、iPadだとその必要はないので、ページをめくる時だけ手を動かせばいい。使ってみて思った事は、「もう紙の本はいらない」だ。しかし、アプリケーション単位で本を買うのは、ホーム画面上でかさばってしまうので、本棚に該当するアプリケーションが必要である事が目下の課題と言えるだろう。(電子書籍iTunesが必要)

 
2010年9月7日:尖閣諸島中国漁船衝突事件

  • 尖閣諸島沖で中国漁船と日本の海上保安庁の船が衝突、国際問題に発展する。当初、日本側は漁船の船長を釈放するなど譲歩したが、中国側はレアメタルの輸出規制をするなどして、日本の産業界を動揺させ、中国国内で日本に対しての抗議暴動が起きるなど、踏んだり蹴ったりだった。海上保安庁の職員がYouTubeに衝突動画を投稿する事で、この問題は沈静化を見たが、その間の政府の対応のマズさにより、民主党の支持率が大幅に下落した。これが自民党復活になる事はないだろう。おそらく、自民党民主党の双方の票が割れて、みんなの党に票が集まるだろう。

 
2010年12月15日:東京都青少年の健全な育成に関する条例 改正案可決

  • 同様の規制である1999年の児童ポルノ法の施行により、強制わいせつが4000件から8000件と倍増したにもかかわらず、石原都知事が短期間で採決に持ち込み成立させた。内容は、憲法表現の自由を侵害する可能性のある条例の適用条件の曖昧さと、適用条件の設定が委員会に依存するなど、検閲に該当する行為が介在する危険性があり、法律の専門家からも憲法違反と批判される条例。日本の出版社などメディア関連企業が集中する東京での条例の施行は、全国にその悪影響が波及する事が懸念されている。自分は性犯罪の増加という形となって現れると思う。また、表現の自由への影響が危惧される条例でもある。

 
この10年間というものを振り返ると色々な事があったが、総じて私は、呑気だった。最初の時期に唯一残っていた友とも絶交してしまったので孤独になり、世の中を外側から眺めていた。同じ速度で一緒に走っていると相対速度がゼロになるから止まって見えるが、私のように孤独で呑気に立ち止まっている人間は世の中が動いて見える。走ったり転んでいる人間を座りながら眺めているような10年間だった。しかし、この間の日本人は、もがき苦しみながらも展望が見えず、黙々と一生懸命に文句も言わず生きてきたと思う。それをはた目で眺めながら、幸せに生きているとは言えない多くの日本人、その未来に希望のない状態を打開するにはどうしたらいいのか?そう悩まずにはいられない10年だった。問題を解決する手段はあるが、それと逆行する大手マスメディアの情報が日本の停滞を招いているのは明らかなのであるが、この連中を排除する事がなかなか出来ないのは残念な10年だった。しかし、2010年のiPadの登場がこれらの企業に競争をもたらし、彼らの既得権益を破壊する可能性があるため、今後の2020年までの展望は私は楽観的である。日本のガンは、記者クラブを中心とする大手マスメディアであり、この人達の既得権の崩壊こそが、日本を成長に戻す原動力となる。2020年に振り返った時、2010年のiPadの発売が、全ての始まりだったと述懐できるような10年である事を望む。