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SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

我々、日本人の「マトモ」は異常である。

自分は、よく人にひねくれていると言われるが、自分から見ると「自分はマトモ、君たちが異常」と思うのだが、口に出しては言わない。なぜなら、異常と言うのは異常だと気づかないから異常なのである。

 

ではなぜ、異常なのか、それは、一般的な日本人の考えるマトモとは、周囲と協調する人間の事を指す。この言葉だと、何が悪いのか分からないと思う。では、「協調」を「同調」に変えてみると大体分かると思う。でも、これだけでも説明が足りない。私が日本人が異常だとする所は、隣の人を見て得た情報と、現実が違っている場合に、隣の人と同調するのが一般的な日本人、同調せず、現実を見るのが自分である。この違いが自分がマトモだと言う理由である。

 

現実に起きている事を直視すれば、マスコミの言っている事が、全く見当違いなのは分かるが、このマスコミの言っている事と現実との比較をしない人があまりにも多い。日本人の多くは「隣の人がどうなのか」という事ばかり気にしている。その隣の人と言うのはマスコミに洗脳された人であり、結果として、この発想でいる限り、現実を直視する事は出来ない。

 

こういう現実を直視しないで周りを見る特性が関東大震災の時には、人命を失う結果になった。関東大震災で遠方で煙が上がっているのに多くの人は逃げなかった。

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その結果、多くの人々が逃げ遅れ、関東大震災では、死者10万5385人のうち、火災による死者は9万1781人にも上った。つまり、集団でいる事を重視するあまり、火災が広がっている現実を直視できず、逃げ遅れて命を失ってしまったのである。こういう所が私が言う日本人の異常な所なのである。

 

この異常な状態を「集団同調性バイアス」と言う。集団同調性バイアス(多数派同調性バイアス)とは

 

 韓国の列車火災の事例

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 煙が広がっているのに逃げない乗客

 資料:防災心理学、正常性バイアス、多数派同調バイアス、

煙が駅と車内に充満したとしたら、心の警報が鳴り響き、直ちに避難するなどの緊急行動をとると思うのが自然です。しかし、過去経験したことのない出来事が突然身の回りに出来したとき、その周囲に存在する多数の人の行動に左右されてしまうのです。それはその人が過去様々な局面で繰り返してきた行動パターンでもあるのです。どうして良いか分からない時、ほかの人と同じ行動を取ることで乗り越えてきた経験、つまり迷ったときは周囲の人の動きを探りながら同じ行動をとることが安全と考える多数派同調バイアス」(集団同調性バイアスともいう)の呪縛に、心が支配されてしまうのです。

 

日本人には特に強く現れるであろう事は、常日頃から多くの人々が強迫観念的に同調している事からも分かると思う。 自分の場合は一目散に逃げる。なぜなら、人は集団になるとバカになる事を知っているから、目の前に煙が広がっていても、その現実を直視できず、とにかく周囲の人に合わせてしまう。私は、そういう所を異常だとする。そして、この心理をマスコミに巧く利用されている。例えば、原発再稼働の問題を見てみよう。福島第一原発での杜撰な管理の末に地震原発事故に至って大損害を被った事を考えれば、普通は再稼働など許しはしない。それ以外の発電方式に切り替えようとするのが「マトモ」である。

 左図は放射性物質の汚染、右は爆発し、放射能を含む煙を上げる原発衛星写真

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しかし、日本人は不安に支配されると、どうして良いか分からなくなり、隣人に合わせようとする。そして、その隣人もまた隣人に合わせようとする。そこで登場するのがマスコミである。マスコミが社会全体に同じ情報を流すと、その情報が集団を形成し、隣人同士に共通の認識が生まれる。ここで集団同調性バイアス(集団による思い込み)が生じる。その結果、311であれほど大きな事故が起きたのに、原発を推進する政党が政権を握るなどと言う事が起きる。普通の国では、起こりえない事だが、日本では起こる。そこが日本人の異常性なのだ。だから「食べて応援」などというふざけたキャンペーンも成立してしまう。

 

私は現実を直視できる人間が「マトモ」だと思う。そうでない人間は「異常」だ。これで冒頭の「自分はマトモであり、君たちは異常」と言う言葉の意味がわかったと思う。現実を直視できる人間が「マトモ」なのだ。日本人のマトモは、集団同調性バイアスに陥りやすく「異常」なのである。そして、その異常さは、時として人命を奪う事にもなる。故に、そのことは警告するべき危険性であり、異常であると書くべきだと思った。日本人の多くは、この中に書かれている異常な人に該当し、不快な思いをされる方も多いと思うが、命を失う前にこの間違った考えかたを正すべきだと思い、書くに至った次第。

 

 日本人は集団に根拠なく正当性を見いだし従属する。それは「異常」である。

 問題は根拠のないものを信じているのに、それを「みんな」がやっていると信じる事である。

 

冒頭で私がひねくれていると言われるのは、私が独立した意志を持っているからである。その事が他人から見れば、自分達と同じように同調しない、ひねくれた人間と見られているのだと思う。しかし、私から見れば、目に見えた現実に対して、考えているだけなのである。ただ、それによって得た結論が他人と同じかと言うと、そうではないというだけの事なのだ。