SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

若者の「関係ない」という言葉について

若者の「関係ない」という言葉に違和感を覚えるのは、もし、日本が集団的自衛権を容認して戦争になったら、若者が戦地に送られるので関係ないはずがないのだが、そういう「関係ある」事がどうして「関係ない」という事になるのか疑問であった。

最近、若者と話す機会があったのだが、その中で「中高年は、自分たちを見下しており、何を言ってもムダ」という考え方をしていることがわかった。つまり、関係ないという言葉の意味は、要するにコミュニケーションの断絶を意味している。彼らは互いに対話をするには「お互いのリスペクトが必要」という。

だが、それを言う彼ら自身が相手をリスペクトしていないこと、人が聞く耳を持つ度量のある人間だと見做さず、相手を軽蔑するだけの愚か者として捉えている。彼ら自身が相手をリスペクトしていないということになぜ気づけないのか分からなかった。

私の母は酒場をやっていたから中高年のおっちゃんの心情はよく分かる。彼らの言っていることは、間違いである。若者が情熱を持って老人に語りかければ、大抵のおっさんは「おう、胸貸してやるか」と思うものである。何故かと言うと、年をとり体も動かなくなり、若い時より無理が効かなくなっている老人は、若者のバイタリティには敬意を持っていて、その源泉である情熱に対しては弱いのである。

だが、情熱のない若者には、その敬意を持つべきバイタリティを感じないし、経験が浅いので馬鹿にされるだけなのだ。だから、彼ら若者も中高年に対しては情熱を持って当たるといい、相手を聞く耳を持たない愚か者としてシニカルに見るのではなく、自分達の情熱をぶつければ動く存在としてみるべきだ。

そうやって状況が動く実感を持てれば、恐らく「関係ない」が「関係ある」という形になると思う。

老人の心情は「さよなら銀河鉄道999」のセリフに現れている

パルチザンA:しかし999が来ているか分からないぞ
パルチザンB:メガロポリスも、中央ステーションもヤツラに抑えられている。
       それでも行くのか
鉄郎    :ええ
パルチザン:若いっていうのはいいもんだ、
       どんな小さな希望にも自分のすべてを賭けることができるからな
       みんな、わしらのせがれが行くと言うんだ。行かせてやろうじゃないか。

999が来ているかわからないという望み薄い状態で、命をかけて、そこへ行くという鉄郎に対し、老パルチザンが、皆の意思をまとめるんだけど、これって命がけなんだよね。でも、若者が行くって言うから命がけで手伝ってやる。というのは、無謀とも思える行為だが、若者がそこへ行くという情熱を示した時、それに応えてやろうじゃないかというのが、老人の心情。なぜかって言うと、自分が若い頃も同様の否定をされて、苦しんだことがあるから、年をとるに連れて現実を理解していくわけだけど、釈然としないものを抱えながら、生きているのも事実、だから、老パルチザンがまとめると、「やってやるか」ということになる。それに若者が突っ走って死ぬのを老人が眺めるのは、示しがつかないんだよね。自分のほうが早く死ぬはずなのに、そっちが死なず、若いほうが死ぬ。これは、ある意味、恥ずかしいというか情けないんだ。だから、手伝ってやる。年をとると死ぬ順番を意識するようになるんだ。

さよなら銀河鉄道999 感動シーン