SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

超保守的社会

考える事をしなくなった社会

HONDAの本田宗一郎や、ソニー井深大の様な優れた経営者が世を去って久しい、彼らの後継者達も会社を去り、日本に魅力的なプロダクトがなくなり、日本の製品で強烈に欲しいと思わせるものが全くなくなって寂しい限りだ。

聞こえるのは、株屋のむなしい横文字ばかり。別にそんなもの食えないし面白くも何ともない。

どうしてこんなに日本は保守的になってしまったのだろう?そう思ってみたとき、元々、保守的だったのではないかと思う様になった。今までそう思えなかったのは、井深さんや本田さんが先頭を切って革新の旗ふり役をやってくれたからで、それがなくなったら、あっという間に何の個性もない製品のつまらなさを感じる様になったのは私だけではあるまい。

結局、私達は、彼らに甘えていたのかもしれない。自分達で何も産み出そうとせず、国内の革新者の模倣を通じて、経済発展してきただけなのだと考えると、意外と筋が通ってしまう。つまり、彼らの死とともに、魅力的なプロダクトはなくなってしまい、世界から日本が無視される様になってきた。

先人の優れた遺業や功績におんぶにだっこして、今はイメージだけで商売している感が否めない。技術的には韓国も中国も追いついてきているし、越えている部分もある。恐らくあと3年もすると、それがハッキリ分かる製品が出てくるだろう。

もはや日本はハイテク先進国ではないと証明する製品が現れる。そうなったとき、国内に資源もエネルギーもない、この国に世界がお金を払う理由がどこにあるのか?そう考えるとぞっとする。

今の保守性は、結局競争力の減退させている。戦って勝つ気概がないものは、現状を維持する事すら出来なくなる。今までは先人達の功績や、そこから生まれるブランドイメージで食っていけた。しかし、それがブランドだけで中身がないとハッキリと証明される様な製品が外国から現れた時、そのイメージが壊れる事は必定。

ブランドも実力も両方なくなったら、この国に何が残るというのだろう。もはや私の中では、日本には欲しいものが殆どない。欲しいと思ったものの主要部品は韓国製だったり、台湾製だったりする。

テレビで日本の事を自画自賛しているアナウンサーを見ると、時代錯誤だと感じる。もはやそのような状態ではない。温暖化対策技術だって遅れているのに、日本は進んでいると馬鹿げたことを言っている。よくやれることはないと言っているけど、実際には、それ以上やる事を保守的な思想で抑え込んでいるだけ。正確には事業者の改革をしなければいけないのだけど、それをしないだけ。

携帯電話一つとっても、機能的に凄いけど、インターフェースは駄目。そこをiPhoneに叩かれる。これだけ、自分自身の牙城が崩されているのに平然としていられる保守性の根源は何なのだろうと感じたとき、それは「甘え」ではないかと思う様になった。つまり、今ある安定した経済や、豊かな暮らしがスタンダードなものだと勘違いしているのではないだろうか?

本当は勝ちにいこうとしないと、そういう安定が手に入らない。今までは、先人達の遺業(ブランドイメージ)で、なんとか食って来れた。しかし、そんな中身のないものがいつまでも続く筈がない。

挑戦しないと、食っていけなくなる。既に、そういう時代に入っている。ただ、それに多くの人が気づくのに恐らく、あと3年はかかる。自分の場合は、各社のプレスリリースで、この技術が実用化したとき、ハッキリと日本は敗北したと、証明されるだろうなって事は分かる。だが、多くの人は、それが実際に製品になって、目の前に現れるまで分からない。(今まで、外国から新しいものが出ても、既に日本で開発していたものが多く、それほど驚くには値しないと言い訳を言う事が出来た。しかし、そういう言い訳の出来ない製品が現れる)

本当は、そういう時の為に、どこの国よりも早く、太陽電池風力発電など、国内のエネルギーを掘り起こしつつ、藻類を栽培発酵させてバイオポリマーを作ったり、軽量素材を開発して、燃費のいい車を作ったり、電気自動車に懐疑的な会社の社長がいるなんて事はないのが理想なのだが、実際は、その逆である。

風力発電は電力会社の反対で、買取り価格が極端に抑え込まれてしまったり、太陽電池は、補助が打ち切られて普及が足踏み状態、藻類の研究には十分な予算が与えられているとは言えず、電気自動車については、大手メーカーの社長が、以前開発した時の発想から抜け出せず、懐疑論を述べるなど、全てが逆方向に動いている。しかも、そういう間違った事をマスメディアは掘り起こさず、日本は省エネ大国だと馬鹿げたことを言っている。どうして、人口が殆ど増えていないのに、二酸化炭素を増やしている国が「省エネ大国」などと言えるのだろうか?

行動と情報に著しい乖離がある。これはマズい。

私に言わせると、今の日本は「言いわけ大国」だ。やるべきことをしないで、いい訳ばっかり言っている。「できない、できない」と言うばかりで、何も新しい事を考えようとしない。そういう超保守性は敗北への直行切符。

唯一希望が持てるのは任天堂Wiiだ。でも、その任天堂が、革新を生んだ理由は、PlayStation2に窮地に追い詰められたからだ。そういう意味で革新性とは危機感から生まれるのかもしれない。ということは、日本には危機感が足りないという事になる。

言い訳が言えるのは余裕があるからこそ、余裕がなくなったら言い訳を言うことすらできない。PlayStation2に窮地に追い詰められた任天堂が言い訳を言っただろうか?言えない。言ったら自分達は破滅だという危機感があったからWiiが生まれた。勝てない部分は潔く認めて、勝てる部分を血眼になって探し、見つけたのがあのコントローラー。彼らは勝った。危機感が勝利を生んだ。危機感のない人間には敗北(貧乏)が手招きをして待っている。

「貧乏になりたいか」と言われれば、大半の人がノーというだろう。しかし、大半の人が「言い訳」を言っている。その言い訳は危機感のない証なのだ。そして、その危機感のなさこそ、貧乏直行便の切符なのだ。

「安定した暮らしがしたい」と思う人は、言い訳を言わず、挑戦者を擁護したり、危機感を共有し前に進む勇気を持つ事が必要だ。そうでなければ、日本という島国はやっていけない事に早く気づくべきだ。今までは先人達の血と汗と努力が生んだ「看板」で儲けてこれた。しかし、後3年もすれば、それが通用しなくなる。

貧乏になりたくなければ、そうするべきだ。貧乏になりたいのならば、今のままでもいいが。