SKY NOTE

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やる前から諦める愚かさ(自己保身による視野狭窄がもたらす愚行)

昨日、あるツイートに反論して書いた文章(原発問題の話について)

  • やってみなければわからないじゃないの、そうやって、やる前から先回りして決めつけて、何もして来なかった結果が、今の状況でしょ。バカだよね

自分で書いたのだが、書いた瞬間ハッとするものがあったので、ブログに書くことにした。まず、なぜやる前から諦めるのかということを考えると、失敗したら、他人に非難されるということを恐れている。つまり、自分の評価じゃなくて他人の評価が気になっている。これと対照的なのが坂本龍馬の言葉

坂本龍馬(資料:坂本龍馬の名言集

  • 「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」

龍馬は、他人の評価ではなく、自分の価値基準に従って明治維新の立役者となった。改革とはそういうものなのだ。(物事を変えるということはそういうこと)

他人の評価ばかりを気にして自分を見失っている人間は、周囲が反対するであろうことに逆らえない。しかし、それに一体何の意味があるのかということを考えてみると、自分の社会的地位を保全することが目的であって、結局、自分のことしか考えていないってことなんだ。今、福島で多くの子供達が被曝している現実を直視せず、もっぱら自分のことしか考えていない状況がそこにある。それじゃ何も変えられない。というか、情けないじゃないですか、そんな考えを大人がしてちゃ。大人は子供のために頑張らなくちゃいけないじゃないですか。

私達大人は、子供の顔を見て、そういう事をきちんと考えないといけない、そうであるべきなんです。そうでないと、私たちは種としての生存本能を放棄したことになる。経済を維持するために原発が必要なんて馬鹿げています。このまま子供の命を犠牲にするような事をするようであれば、いずれ数年後に低線量被曝で子供が癌になり、そのニュースがインターネットやテレビを通じて世界中に広まり、日本のブランドイメージは最悪になるでしょう。それによって生じる経済損失のほうが遥かに大きくなる。

なぜかって?子供を犠牲にするということは、安全な商品を作るスピリットがその国にないと判断されるからです。つまり、日本製品は中国製品と同格に扱われ、安く買い叩かれます。それによって生じるデメリットは甚大です。既に品質や性能の面で新興国に追いつかれつつある日本製品、それでも売れているのは、まだ日本製品は優れているというブランドイメージがあるからです。しかし、そのイメージすらも失ったらどうなるでしょう。電気は節電すればなんとかなりますが、信用は一度失ったら、長い間、それを回復するのに時間がかかります。つまり、「経済のために原発を」と言っている人たちのやっていることは、己の保身にもなっていないのです。彼らは自分のことしか考えていないので、世界が日本をどう見ているかということに考えが及ばないのです。

己のことばかりを考えていると広い世界を見失いがちであり、その結果、誤った帰結を導きます。これは誰にでも起こりうることです。誰でも自分が可愛いですから、しかし、自分を可愛がってばかりいると、結局のところ、他人に目が及ばず、その結果、自分自身をも守れないという事態に陥ることがあります。そのことをよくかんがえ、私たちは原発について考えるべきだと思います。