SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

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問題が「解決できない」のは「解決していない」から

昔を振り返って、なんで、あの程度の問題が解決できなかったのだろうと思う事がある。よく考えてみると、当時は問題だと思っておらず、もっぱら我慢で通していた事を思い出した。つまり、少々の事では問題を解決するよりも我慢してしまう子供だった。そもそも、そういう教育は、我慢原理主義の祖母に刷り込まれた発想だったのだが、今ではそういう考え方は良くないと思っている。なぜなら、問題を長期にわたって放置する事になるからだ。当時の私は、問題が「解決できなかった」のではなく、「解決しなかった」のだ。

30代になって医者にかかる事が多くなり、風邪を多少我慢しただけで肺炎急性気管支炎になり、後で酷い思いをした亊から、我慢などによる問題の放置は美徳ではなく、むしろ危険であり、また、損であると思う様になった。時には命を失う事にもなりかねないリスクを背負う事もある。よって、祖母の考え方は、問題を放置し、悪化させる非常に悪い(無責任な)考え方だと今では思っている。

日本では我慢が美徳だと思われている。でも、それは時と場合によっては大きな間違いになる亊がある。故に野放図に我慢を奨める訳にはいかない。何事も状況次第で答えが変わる。特に我慢の様な事の場合、問題を危険な領域にまで深刻化させてしまう恐れがあるので注意が必要だ。

日本には多くの問題が積み残されている。それは、日本人の能力からしてみれば解決可能な事ばかりだ。環境問題で言えば、世界で一番解決能力があるかもしれない。だが、日本という国自体では解決できていない。なぜなら、それは「解決できない」のではなく、「解決していない」からだ。

よくよく考えてみて欲しい。政治が駄目だ駄目だと言っている割には政権交代が殆どされていない。その原因は問題に対して「我慢している事に満足」し、「解決していない」のではないかと思う。それは私から言わせると非常に危険で無責任な考え方だと思う。医者が「なんでこんなになるまで放っておいたのですか!」と言って、手遅れと宣告するような事態を招くリスクをはらんでいる。無秩序な我慢は世の中のガン細胞を育てる効果がある。もう十分すぎるほど自民党というガン(既得権)が育ってしまった。ここいら辺で切除するのが正しい判断だと思うのだがどうだろうか?

よって、我慢を美徳だと思わず、ハッキリと今度の選挙でノーというべきだ。手遅れになる前に、そして、「解決していない」姿勢を「解決する」方向にチェンジする亊が未来に対して責任ある行為だと思う。

我慢するよりも、主張する事が正しい事もある。我慢が全てにおいて美徳などという事はない。むしろ、それが問題を放置する事で未来(特に子供達)に対して無責任な行為になる事もある。

問題が解決「できなかった」のではない、「しなかった」のだ。だから、我慢という保留はやめ、行動するべきだ。オバマが「Yes We can!」と言ったけれども私達日本人には「We act!」(私達は行動する)の方が適切かもしれない。ただ、人に希望を抱かせ前進させる意味では「Yes we can!」の方がいい。「出来る」と思えば「(行動)する」亊になるのだから。