SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

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火の鳥2772を見て、「手塚治虫が生きてたら、こんな日本にならなかったのに...」

火の鳥2772を見た。

  • これを見ていて、未来を見通す先見に、素晴らしいと思ったのだが、感想サイトなどを見ると、あまり、内容についてのものはなく、作画がおかしいとか、そう言う技術的な側面の批判ばかりで、内容の凄さがわからない人が多くて悲しかった。

1.高い先見性「現在のグローバル社会の成れの果てを描いている」

  • この作品は1980年と33年前の作品だが、現在のグローバル社会がどういうものになるか正確に予見している。地球連邦という1つの国になった地球社会、元老院を始めとする特権階級と、それに従う市民、人々は生まれる前に試験管ベビーとして、遺伝子レベルでランク付けされる。資源は浪費されて、環境は破壊され、死に絶えつつある地球という設定なのだが、正に今のグローバル経済を象徴していて、自由貿易協定という「自由」の名を騙った帝国主義によって、経済貴族という特権階級が今正に、作られようとしているし、元老院というのは、ローマ帝国をイメージするが、アメリカはローマ帝国になりたがっているしね。
  • そう言う意味では、アメリカを中心とする帝国主義という形でTPPが出てきているのも、分かる気がする。33年前から、全てにわたって未来を的確に予見している事が賞賛に値する。

2.その先見性ゆえに子供時代に手塚作品を見た人は、未来を「予習している」

  • 手塚作品が33年前から、的確に未来を予見しているため、それを見た子供達が大人になると、今のTPPが経済を中心とした帝国主義であり、新たな支配階級である少数の経済貴族を形成し、その中心にローマ帝国元老院国際司法裁判所)にも似た中央集権社会(TPPのISD条項)を形成しようとしていることが分かる。つまり、この作品を見た人は、今の現実を手塚作品を通して、デジャブを見ているかのように感じる筈だ。つまり、手塚治虫作品という「教科書」を見ることによって、未来を予習した子供達には、潜在的に未来に訪れるであろう自分たちの敵に対する免疫ができており、手塚治虫が生きていれば、そう言う作品が断続的にテレビなどで公開され、結果として、グローバル経済に無批判な市民がここまで増えることはなかっただろう。残念なことに1989年に手塚先生が死去してしまったため、20〜30代は、手塚作品に触れる機会が少なかったし、ゆとり教育の弊害で世界史をほとんど学ばなかったであろうから、過去の帝国主義も一般教養として知らないと思われ、未来の教科書である手塚作品にも触れることが出来ず、結果として、世界史という過去と手塚作品という未来の両面から何も知らされない世代となってしまった。今の20〜30代は、そういう空白の世代である。彼らが無知なのは、良い作品、良い教養を受けてこなかったからで、ある意味、必然である。ナルトやワンピース、ドラゴンボールでは、全く教養的価値はない。質の高いSFや未来社会を描いた漫画やアニメが教養として意味があるものだと、火の鳥2772を見て考えさせられた。火の鳥2772を見ると、2000年代の手塚作品のリメイクの殆どが教養的価値がないことが分かる。(原作の模倣に過ぎず、精神や知性の継承はされていない)やはり、描く人間の教養水準に比例してしまうようだ。

3.手塚治虫は未来を教える先生だった。

  • ワンピース、ナルト、ドラゴンボールは、独自の世界で、ある意味、作家が創りだしたファンタジーであるため、未来社会がテーマに成っていない、ある意味リアリティのない世界である。攻殻機動隊は未来をテーマにしていても、それは、現代の社会がハイテク化した世界の域を脱しておらず、未来社会がどういう社会になるかということは、あまり触れられていない、局所的な表現にとどまっている。しかし、手塚作品は、未来を正確に予見し、グローバル社会の成れの果てを的確に予見し、階級社会、環境破壊、地球連邦、特権階級の独裁の元で奴隷階級が苦しむ社会、現代に繋がるリアリティのある未来を予見していた点がスゴイ。現代の作品には手塚作品並みのスケール感や先見性はなく、局所的な未来、局所的な社会への批判にとどまっている。全体への長期的なグランドビジョンという点では、手塚作品の先見性とスケール感に劣るのは否めない。そういう未来を描いたスケール感のある作品が見たいと思うのが贅沢すぎるだろうか?自分は、知性において、インテリクラスの漫画家が少ないか、売れないという理由で書いていないか、書いているけどマイナーかのどれかなんだと思う。日本人というのは基本的にこじんまりとした作品を作ることが多く、手塚先生みたいなスケール感はないものが多い、ディティールはあっても、スケールがない。それ故に作品から醸し出される世界観もこじんまりとしている。手塚先生が生きていれば....と思うのだが、やはり、これからの世代が、手塚作品並みの作品を生み出さなければいけないという点では、火の鳥2772と現代のアニメ作品との比較は有益だと思った。それにしても価値がわからない人が多いね。作画とか技術的なところじゃなくて、作品そのものに対して評価できる目が肥えた人が少ないのが残念。いい作品は見返すと、その意味がわかる。ドラゴンボール見ても何も感じない。ダメだねアレは。子供だましだね。