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SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

自分が自信というものを失った時

考え方

本を読んでいて、不屈の意思という言葉が出てきて、そういえば、小学校までは、自分は不屈の意志を持っていた。どんなに体力的にダメであったとしてもダメなりに全力を投じる意識があった。だが、中学になって、自分のその弱い体力を治そうと陸上部に入った時、それは、挫かれた。というのは、どんなに努力をしても全く自分の体力は向上しなかったからだ。つまり、努力をして成果が出る人間と、そうでない種類の人間がいる。

この時、才能が伴わないものには、努力は無駄であるという事を思い知らされた私は、不屈の意思というものを、それは才能のある人間の特権であり、私にはそんなものはないという結論を自分に下した。その頃から、私は不屈の意思と言うものを捨てたのだと思う。今から思えば、それは、魚が陸を泳ぐ事が出来ないという当たり前の事であって、誰しも出来ない事があるのである。その出来ない事、才能の無い分野において、それが出来なかったというだけであり、私は別の分野で努力をするという選択肢があった。しかし、私は、それを全否定してしまった。

私にとって、そういう結論を下してしまった理由は、体力面のみならず、頭脳面においても、天才という種類の人間が身近にいて、いかに自分が馬鹿かという事を思い知らされ、体力も知力も、何も自分は誇るべきものがない。また、努力をしても、なんら成果などでないと思うに至ってしまった。それもまた、天才と凡人を比べるからマズいのであって、誤った比較に基づく失望であった。天才は模倣する事が出来ない。

私が努力を無駄だと思った時、間違っていた事は2つある。
1.才能の無い分野で努力してもダメなのは、当たり前である。
2.天才と凡人を比較するのは無謀である。

私は、無謀であったり、当たり前の事を、努力をしても無駄だと勘違いした。その勘違いこそ、私が不屈の意思を失った理由なのだ。私は、才能の一部がないからといって、自分の才能を全て否定する事はなかったし、その才能が天才に及ばなかったとしても、それは、当たり前の事であって、全く、自分を否定する理由になどならなかった。だが、私は全てを否定し、努力が無駄であると決めつけた。そして、私は不屈の意思と言うものを無駄だとして否定したのだ。

私が自分を否定した理由は、体調がいつも悪く。いつも腹痛で、体がだるく、辛かった事もあり、努力を支える健康が十分でなかった事も災いした。勘違いと不健康、それが私が不屈の意思を捨てた理由だった。今思えば馬鹿げた事である。出来る事は沢山あるのに、それをやらなかったのは、全くもって馬鹿げている。自分に出来る事を再確認して、小学校の時のように不屈の意思で頑張る事にしよう。それはきっと私を未来へ向けてくれる筈だ。
 

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