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SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

2016年を振り返る

2016年を振り返って、前半はやはり、熊本地震だった。この熊本地震、実は2chの2062年から来た未来人と称する者によって、地震が起こる日付が正確に予測されていた事から、タイムマシンがあるかもしれないという期待が自分の中では広がった。正確には熊本地震の4月14日と16日の間の4月15日だが、これは、未来の法律で人口の変化が起こる未来の事柄について、その時代の人間に伝えてはならないというルールを見れば、そのギリギリのラインで教えてくれたと見れる。可能性としてみれば365日の中の3日分で1%の可能性しかない。また、この未来人は東日本大震災も2010年の段階で予測しており、そういう観点から、あてずっぽうではない事が分かる。そういう驚きが前半にあった年だった。

後半の冒頭の7月の参院選では野党が負けて、衆参両院で自公政権が2/3の議席を獲得した。これを受けて自分は政治的にかなりヤバイ国になるという認識を持った。それが現実になるのは、駆けつけ警護と称して、武器を持った自衛隊員が政情不安の南スーダンに派遣される。これは、憲法9条に明らかに矛盾する行為だが、実際に自衛隊員が130人、派遣されてしまった。

南スーダンに派遣される自衛隊青森駐屯地の350人

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恐らく死者が出るだろう。戦後70年を経て、初めて「戦死」した日本国民が生じる恐れがある。もしそうなったら恐ろしい事だ。なぜなら「日本が戦争をする国になった」という事だからだ。ある意味パンドラの箱を開けてしまったと言っても良い状況で、このあたりから、自分は、日本の有権者について絶望感を抱くようになった。正常な判断が出来ない駄目な国民だと思うようになった。マスコミが白といえば黒であっても白と判断するようでは、暗愚という他ないという感じだ。東日本大震災で多くの日本国民を助けた自衛隊員に対して、あまりにも酷い仕打ちで恩知らずとしか思えない。本当に酷い決定を日本国民はしたと思う。

 

11月8日にアメリカ大統領選挙があった。予想に反してトランプ候補が勝った。アメリカ人の怒りを代弁した勝利だった。これによってTPPはなくなったが日米FTAが控えているので気が抜けない。しかし、参院選TPPを推進している自公政権が勝った後では、アメリカがTPPから脱退し、この悪魔のような条約から離脱するという事が確定しただけで、一息がつけた感じがした。予想外だったのは、株価が上がった事だった。円ドルレートも100円台から116円にまでドルが高くなった。

 

12月のクリスマスは、過労自殺をした高橋まつりさんの命日で、日本の長時間労働の問題がクローズアップされた。

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背景には、日本の労働生産性が低い事があるわけだが、その労働生産性は、GDP労働人口で割った数字なので、それが低い原因は、GDPを萎縮させている内部留保の蓄積が真の原因である。そして、その内部留保の蓄積というのは、デフレの時に供給側の法人に減税するという馬鹿げた政策の結果である。そういう馬鹿げた政策をする自公政権有権者は2/3もの議席を与えてしまった。つまり、日本国民は、自分で自分の首を絞めている大馬鹿者という事である。

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電通という会社も社員が長時間労働をする必要がないくらいに内部留保(8000億円)があるとの事なので、何の為に彼女は亡くなったのか分からない。それだけあれば人員を増やすなり、コンピューターやソフトを導入して人間を死ぬまで働かせずともいい様にするのが、企業の勤めだと思うが、そういう人間性が電通という会社にはない事は、同社の鬼十則を見れば分かる。結果、この会社は2016年のブラック企業大賞になった。当然の結果である。マスコミの中には、高い給料を払っているからブラックじゃないと言っている馬鹿が出てくるなど、本当に人の命を何だと思っているのかと思わずにはいられない気違いじみた記事もあり、そんなのを読む度に深く息を吸って吐くような感じだった。

 

2016年の自分は、7月以降、もう殆ど世の中に興味がなくなっていて、駄目な王様に仕える官僚の気分を味わっている。自分も有権者なので駄目な王様の一部ではあるのだが、再三にわたり、多方面の識者が注意しても、それを聞いて判断しようとしないのは、無能という他ないわけで、しかも、酷い法律が可決しても、殆ど無反応という駄目さ加減には、ほとほと愛想がつきており、そろそろ英語が出来る賢明な人は日本を脱出するかもしれないと思ってしまう。日本国民の駄目さ加減を思い知った1年だった。

 

来年は期待できるのかと考えると、気が重い。もう殆ど今の駄目な日本国民には、興味がないので、落ちる所まで落ちて、酷い目に遭って、苦しんでからでないと反省しないのではないかと思っている。殆ど期待していないのだ。 本当は良い所を褒めて、やる気を出してもらって、変えると言う方向に持っていきたいし、問題を解決する手段もあるのだが、それを実現するのには、最低限の品性と感性と知性がないといけないわけで、それらが2016年の日本国民には何ら感じる事が出来なかった。故に期待できないのである。

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