SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

孤高の真理よりも分かり易さが優先される。

「孤高」の真理よりも、「みんな」が形成できるわかりやすさが優先される。

 

 真理 < わかりやすさ

 

日本社会と言うのは、それが真理だと分かっていても、みんなが形成できるわかりやすい方を優先するのだ。孤立を恐れるあまりそうするのだ。

 

私は最初から孤立していたので、この考え方が最近まで理解できなかった。私にとっては正しい事が最優先事項であり、正しい事よりも集団を形成する事が優先されると言う価値観がまるで理解できなかったのだ。しかし、そう考えると、周囲の日本人の考え方に辻褄が合う。

 

彼らは、多数決至上主義なのだ。どんなに正しい事であっても多数決がとれなければ、全く意味がないと考えている。正しい事を積み上げて、問題を解決するという意識ではないのだ。彼らの発想は、とにかく孤立は無意味、だから、それが正しいと理解しても、みんなが形成できないと思ったら否定する。

 

こんな衆愚を絵に描いたような意識では、民主主義をきちんとできない国民性だと言える。残念ながら三流の国民と言っても良い。でも、現実の糞みたいな三流の世界を受け入れなければいけない。現実が三流だったら、せめて二流にランクアップする努力をするのが現実主義と言うもの。

 

まず、正しい事を分かり易くする。正しいと認識されても、分かりにくさでみんなが形成できないと判断されれば否定される。ならば、単に真実を伝えるだけでなく、分かり易い表現にかなりこだわらないといけない。私は今まで、専門用語を使わず、分かり易い単語を使ってきたし、恐らく、その内容で理解されてはいるけれども、やはり、分かり易くする事を追求するのならば、その語順、説明の順番、そして、最後の結論の占めの言葉まで徹底的にこだわらなければなるまい。真実が伝わっても、分かりにくさで否定される事があるからだ。

 

私は真実が伝わればゴールだと思っていた。しかし、ゴールは、もっと先にあった。みんなが形成できるレベルのわかりやすさを徹底的にこだわらないといけない。わかりやすさが持つ権力を、彼らは欲しているのだ。そういう意味で彼らは、私が最も嫌う権威主義者なのである。というわけで、私は日本人が大嫌いだ。同胞ながら反吐が出る。

 

私が嫌う理由は、子供の頃、自分がいじめられた時、傍観者に一番腹が立ったからである。でも、わかったよ。君たちの考え方が、君たちは正しい事を理解している。しかし、みんなが形成できないと見るや正しい事を否定する。だから、君たちは傍観者だって事をね。それって最低のクズじゃないか。

 

正しい事よりも目先の権力を欲しているのだから、罵倒されて当然の醜さだ。そんな考え方だから、善政がのぞめないんだよ。なぜ、私がそれほど忌み嫌うのかと言うと、偽りに寄り添う人が増えるほど、真実を言う人が排除され、やがて、真実そのものが駆逐されるからだ。