SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

勝利の女神は、まず、私にチャンスを与えてくれる

昔から、勝利の女神は、まず私にチャンスを教えてくれる。だが、私は表現力がないので、それを生かせず、それを話した他人が成功を手にする事が多い。大抵、私は交渉が下手で、人を動かす能力がない為、チャンスが頭の中にあっても、それが世の中にでる事はない。時たま、他人にそれを話すと、他人がそれを実行し成功する事があるので、私はいつもチャンスを与えられていながら、それを生かせない自分を忸怩たる思いで眺めるしかないのである。
 
お金になると言うのは、人を納得させれば、そこでお金になる。金になると言う事において正確かどうかと言う事が重要なのではない、人がお金を払うに足ると納得すれば、それがお金になるのだ。私はその人を納得させる事が出来ない。正しい事と人が納得する事は別なのだ。
 
大きな成功とは、世の中を正確に把握し、見切ったところにある。その見切りは自分は上手、だが、それを人に伝え、実行に移すのは下手。たまたま、それを聞いた人間が見事に実行して見せて、驚嘆するべき成功を手にすると、「う〜ん」と唸ってしまう。自分の提案がなければ、その成功は存在しえなかったが、しかし、自分には一銭も金が入ってこない為、交渉が出来ないと言うのはダメだなぁと思う事が多い。
 
勝利の女神は、一番最初に私にチャンスを与えてくださるのに、私は常にそれを生かせず、他人に譲り渡してしまうので、女神様には、いつも失礼な事をしてしまっている。与えてくださるモノに報いるような行いが出来ていないのは、わたしの不徳のいたすところである。
 
わたしの意見はいつも空振り、でも、わたしの意見を聞いたものの意見はホームランになるのは、やはり、努力の差と言えるだろう。私はセンスはいいかもしれないが努力をしないからダメなのだ。努力したものに最終的に成功が与えられる。努力と言っても正しい努力に対して成功が与えられるのだ。間違った努力は絶望と自尊心の崩壊を意味する。私のいいところは、努力を正しい方向に向ける事である。だから、努力する他人に正しい方向性を示すから、それが正しい努力になって成功を呼び込むのだ。
 
エジソンはこう言った。
「成功は99%の努力と1%のインスピレーションである」と、しかし、彼は、こうも言っている。「1%のインスピレーションがなければ99%の努力が無駄になる」と。わたしの意見は、その1%のインスピレーションであり、私がいなければ99%の努力は無駄になるというわけだ。そういう意味で、私の存在は、インスピレーションそのものなのだが、インスピレーションだけでは成功にはならないのだ。成功とは99%の努力×1%のインスピレーションなのだ。インスピレーションが0であれば、99%の努力はゼロになる。しかし、インスピレーションがあっても、努力がなければ、結果は出ない。それが成功と言うものなのだ。
 
だが、反対に見れば、私は努力した分だけ成功できると言う素晴らしいインスピレーションがあるのだから、他の人よりも遥かに恵まれているのだ。他の人は、努力をしたからと言って常に成功が約束されているわけではない。だが、わたしの場合は違う。私はそれだけ恵まれているのに、自分には表現力がないと悲観してばかりで何もしないのは、宝の持ち腐れと言うものだ。自分の持っているものの価値を過小評価しているのは、案外自分自身なのかもしれない。