SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

悪魔の言葉 「関係ない」「そんな事はないだろう」

政治について、悪魔の言葉がある。それは「関係ない」「そんな事はないだろう」である。なぜ、この言葉が悪魔の言葉なのか?それは、これらの言葉が人々を分断し、最終的には独裁と言う地獄行きの切符を買う事になるからである。

 

1.「関係ない」の危険性

自分には、関係ないと傍観する事は楽なのだが、これを政治について行うとどういうことが起きるのかと言うと、過去にこういう事があった。ナチスを放置したドイツの懺悔の言葉とも言うべきマルティンニーメラーの警句である。

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ニーメラーは、他者の問題を自分の問題ではないと傍観した結果、独裁の足音が自分に近づいている事に気づかず、最終的にはナチスを誕生させ、そのナチスが教会にいる自分を攻撃し始めた時、誰も助けてくれる人がいなくなっていたと言う事例である。ここでの問題は、隣人の不幸を無視し続けた結果、最終的には自分が不幸になったのだった。なぜ、そうなったのか、それは、病気と同じである。独裁と言う政治的な病魔が進行して様々な症状が出てくる。それを無視し続けて、悪化させたのである。確かに傍観するのは楽なのだ。だが、その傍観は、独裁と言う地獄行きの切符なのだ。

 

現在の安倍政権の問題について、共謀罪、秘密保護法、盗聴法など、弁護士や一部の市民が問題だと叫んでいても、多くの人々は、関係ないと考えている。マスコミがそれほど大きな問題ではないと嘘の情報を流すからだ。しかし、同様の法律が過去にあった。戦前の専制政治を生み出した治安維持法である。この三つの法律は違憲立法ではあるが、安倍政権が圧倒的多数の与党の議席を使って通した。現在、これらの法律で本格的に弾圧、逮捕された人間は見受けられない。なぜなら、言論の自由を定めた憲法21条を変えない限り、これらの言論統制法を本格的に運用して市民の反発を買って政権が変わったら、違憲立法として一気に破棄できてしまう事を彼らが分かっているからである。憲法を変えて、支配の道具として完成するまでは、彼らは、それを本格的に行使しない。

 

そうやって、わざと逮捕しないでいる事に安心して「関係ない」と言い続けて安倍政権を放置し、憲法改正まで許してしまったが最後、どうなるかは、皆さんの想像にお任せする。ニーメラーの警句に書いてあるような状況になるとだけ言っておこう。民主社会において、隣人の不幸に対して「関係ない」は禁句なのだ。

 

2.「そんな事はないだろう」の危険性

あまりにも酷い事態に対して、人は精神の均衡を保つ為に「そんな事はないだろう」という。これを正常性バイアスと言う。これが悪魔の言葉なのは、実際には「そんな事はある」という事態に対して「そんな事はない」と無視してしまう事である。例えば、異常な指導者がいる。大規模な災害が起きて人がバタバタと死んでいても、酒を飲んで自宅で休んんだり、災害対策と関係のない法案を議会で通す事に躍起になっている政治指導者だ。やっている事が、あまりにも酷いので、普通の人であれば「そんな事はないだろう」と考えてしまうだろう。これは正常性バイアスという偏った見方なのだ。酷い事態であっても、そうでないかのように思おうとする。それを認めてしまうと、あまりにも酷すぎて精神の均衡が保てなくなるので、事実をなかった事にして無視するのである。こういった現状を無視し、傍観する姿勢が何を生み出すかと言うと、破壊と蹂躙の放置である。目の前で人が死んでいても、放置する。人が苦しんでいても無視をする。そんな事はないだろうと言って、ひたすら傍観する。つまり、政治的な問題に対して「そんな事はないだろう」と傍観する事は、政治的な破壊や暴力、不正の放置に繋がるのである。だから、悪魔の言葉なのだ。

 

まとめ.「賢者は悪魔に騙されない」

ビスマルク曰く(意訳)

書を読んで物事を理解できる人間が賢者

経験しないと分からないのが愚者

 

史書を読んで、過去の失敗を学び、政治家が同じような事をしていたら問題だと考えるのが賢者。

史書を読んでも何も理解せず、実害が及ぶまで何も問題ないと考えるのが愚者。

 

政治的な事に対して「関係ない」「そんな事はないだろう」と傍観者を決め込むのは、歴史から何も学んでいない愚者であり、実害が生じてからやっと気づく愚か者である。賢者は、そういう悪魔の言葉に騙されずに、事前に問題を理解し、それが大きくなる前に未然に防ごうとする。あなたは、悪魔の言葉に騙される愚者ですか?それとも騙されない賢者でしょうか?