SKY NOTE

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日本にジョブスみたいな人が出てこない理由

日本にスティーブ・ジョブスみたいな人が出てこないのは、日本社会が構想と構成の違い混同しているからである。構想とは「なにをするか」を論じるものであり、構成とは「何をどうするか」を論じるものである。その違いは目的と手段の違いである。

 

優れた構想とは、優れた目的を設定している事である。優れた構成とは、優れた手段の事を言う。さて、日本でジョブスみたいな人が出てこないのは、ジョブスのように構想力に優れた人を正当に評価できないからである。構想力はビジョンと呼ばれ、構成力は技術である。

 

優れたビジョンがあってこそ、優れた技術が生きるのである。自分は過去に何度も優れた技術が、優れた構想を持たない為に消えていったのを知っている。日本社会は構成力が優れた人間が評価されやすい。つまり技術的に優れた人間が評価され、構想力に優れた人間を夢物語を言う夢想家として蔑視している。もし、日本でジョブスが生まれていたら、バカにされるかアイデアを盗まれるなどして、全然評価されなかっただろう。

 

日本にジョブスのような人が企業に企画書を持っていったとする。その企画書は構想としては素晴らしい、しかし、技術的な構成力がいまいちだったとする。日本社会の場合、構想が優れていても、それを実現する構成力が劣る人間は評価されない。場合によっては、構想の優れた部分を盗んで、自分達の技術力で実現し、構想をした人に全く利益分配をしないという行為を恥ずかしげもなくやるのが日本の企業。

 

日本では、構想力と構成力は混同されており、構成力に劣るものは、構想力が優れていても評価されない。構成力が優れているものは、それ単体でも評価される。そういう実務集団にとって構想力のある人間がどう映るかというと夢物語ばかり言っているバカとしか見ていない。

 

しかし、構想力のある人間がいないと、面白いものが作れない為、彼らがする事は、面白そうなアイデアを構想力のある人間が発表した時、アイデアだけ登用するが、技術的に優れていないと、利益配分のメンバーからは外されるのが日本の評価システム。故にジョブスのような人がいても、ウォズだけが評価されるのが日本。分かっている通り、ジョブスがいないと、様々な革新的な製品は生まれなかったわけで、ウォズだけでは、MaciPhoneも生まれなかった。日本というのはウォズみたいな技術者を評価できても、ジョブスのような夢を語る人間をバカにしている。

 

ジョブスのようなビジョンを語る人をバカにしているわりにはアイデアだけはちゃっかり盗むので、性質が悪い。それが日本でジョブスが生まれず、革新的な製品が作れない理由。こんなに低い評価では、優れた構想を思いついても、そういう人達が冷遇されるばかりで報われないので、次第にアイデアが枯渇するようになり、最終的には、魅力のある製品が無くなって、みんなが損をする。優れた構想をタダで盗むのではなく、正当に価値を認め、お金を払う文化が日本には根付いていない。その事が、ジョブスのような人が日本に出てこない理由。ジョブスの様な人というのは、成功した構想家といえる。日本では構想家は成功しにくい。技術者にだけにお金が渡る様になっている為、ビジョンを出した人間には一銭もお金を払わない。お金がないので成功しない。日本人の評価モデルでは優れた構想力を持っていても、同時に優れた構成力を伴わなければ、評価されない。

 

ジョブスみたいな人とウォズみたいな人がいても企業はウォズタイプを重用し、ジョブスタイプには一銭も払わないのが日本、ウォズタイプを評価するから、技術的には優れていても、面白い製品は作れない。日本企業の評価基準だと、ジョブスタイプの人間のアイデアをタダで盗むので、構想を1回しか使えない。なぜなら、盗まれた人は、その後二度と、その企業にアイデアを持っていかないし、他の企業に持っていった所で、同じ事になる事を学習するので、社会的にアイデアが枯渇する構造になる。

 

日本企業は、構想を持った人のアイデアを最初の1回ネコババして、得したと思っているが、実際には、正当な対価を支払わないので、二度目のアイデアを受け取れないという状況に気づかない。お金を払って、もっとアイデアを頂戴というのが賢い企業。払わない日本企業は愚かというしかない。お金を払えば泉は枯れずに済むものを、それを目先の僅かな配分をケチって、枯渇さてしまう。そういう意味では焼き畑農業に似ている。日本の評価システムは、構想という森を焼き払って畑にする。でもその土地は1回しか使えない。土地が痩せると他の森を焼き払う。しかし、森がなくなると、生活が出来なくなる。土地を耕し、肥料を与え、水を引いて、きちんと整備すれば、何度でもその土地から作物が取れると言うのに、そういう堅実な事が出来ないのは、愚かである。