SKY NOTE

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才能と努力と結果

才能と努力と結果

人は、成功と言う結果を求めて努力をするが、そこに至るまでには苦難の道が待っている。多くの人は、その道の途中で挫けてしまう。そこで、才能と努力と結果の関係性について述べたいと思う。

まず、成功を地理的な場所に例えると分かり易いので、成功、つまり結果を目的地として、それを南東方向の160km先にある場所にたどり着く事とする。そこに至るまでの道は入り組んでいる。まず、才能があるのとないのとでは、車(時速40km)と徒歩(時速4km)ほどの違いがある。才能があれば、最短で4時間、才能がないと40時間、より多くの努力が必要になる事が分かる。また、たとえ才能があっても、方向が間違っていれば永遠に目的地にたどり着けない。目的地にたどり着く道案内、つまり、良い指導者を選ぶ事はとても重要だ。才能もなくて、良い指導者に恵まれなければ、成功は、かなり困難である事は、この事からよくわかるだろう。ただし、才能がなかったとしても、それを補完する支援を受けられれば、自転車に乗るように成功へ向かう事ができ、また、良いアドバイスを受けられれば、優れた指導者と同じだけの正しい方向性が得られ、自転車(時速10km)に乗って、正しい方向性(GPS)で16時間程度で目的地(成功)に行ける事もある。逆に才能があっても、それに無自覚であることは危険である。というのは、その才能をねたむ人間がいた場合、予期せぬ通行止めに会って、目的地にたどり着けない場合もある。自分の才能は自覚しているべきだし、また、他人にねたまれないように配慮する事も成功には必要な事がこの事から分かる。だから、他人にねたまれるような才能がある人は、才能がない人間とは別の意味で注意が必要なのだ。才能があっても良い指導者に恵まれなければ、成功は、おぼつかない。良い指導者を選ぶ事はとても大切。才能がなければ、結果への距離については、長い期間、努力する事を覚悟するか、支援者や補完者を探すか、方向性については、良い指導者を探す事が大切である。

例えば、私の義父は天才ではあったが、家が貧乏で大学に行かせてもらえなかった。つまり、才能はあっても、正しい方向性を師事してくれる指導者に会う事は出来なかった。義父が若者だった時代は、第2次世界大戦中であったため、余計に教育の機会はなかった。軍隊に借り出され、生きて帰ってくる事は出来たが、その後の人生は不遇であった。義父は、その性格から、人からねたまれやすく、過去に何度かチャンスがあったが、その全てで人から嫉まれ、成功しなかった。

義父の兄弟の末っ子は、真面目で努力家であり、また、戦争が終わり、辛うじて大学へ行かせてもらい、一流企業に入社が出来た。つまり、努力と正しい方向性と才能がマッチングし、成功を手にする事が出来た。

才能があっても、正しい方向性が得られなければ成功せず、才能はそれほどなくても、それを努力で補い、正しい方向性が得られた弟の方は、成功した。また私の義父は謙虚とはほど遠い性格であったため、能力があっても、嫉まれて、その機会を得られず、逆に弟の方は、真面目で努力家で謙虚であったため、人から嫉まれる事もなく、成功への道を歩く事が出来た。

故に成功への道を通るには、三つの要素が必要である。

謙虚である事:他人から嫉まれて通行止めにされない為に必要です。
良い指導者 :正しい方向性を得る為に必要です。(良い大学、良いアドバイス)
努力 or 才能:結果までの距離を埋めるの必要です。

才能がなくても、それを補完するチームがあれば、才能がある人間と同じだけの結果が得られる事もあるので、成功には、チームプレイの発想も重要と言えます。努力が無駄になるというのは、正しい方向性が得られていない事が大きいです。また、才能と正しい方向性が見えていても、謙虚でなければ、人の嫉みを買って、チャンスが得られません。

このように考えると、才能の無い人間は、謙虚である事が大切です。なぜなら、チームプレイをする必要がありますし、また、努力を地道に続ける事も大切、そして、良い指導者を得る事も大切です。才能のある人間は、まず、自分の才能を自覚する事が大切です。その自覚がないと、その才能を嫉む人間に成功を妨害されます。才能のある人間は、チームプレイは、それほど必要ありませんが、嫉まれないように謙虚である事は必要です。また、大きな成功を望むほど、才能があったとしても、それ相応の努力は必要です。才能の無い人間は協力者を探す方が効果的かもしれません。良い指導者が得られない場合は、良い本を探す事、良い情報を探す事でも補完できます。頭を使いましょう。

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