SKY NOTE

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高浜原発再稼働を認めた福井地裁の裁定の非合理性と事なかれ主義 2015.12.24

高浜原発3、4号機の運転差し止め仮処分申し立ては一審で認められ、稼働が差し止められていたが、一審で稼働差し止め判決を下した樋口英明裁判長が左遷され、新しい裁判長になった途端、再稼働が認められた。その決定要旨が公開されているのだが突っ込みどころ満載なので、突っ込む事にする。ちなみに前の裁判長の裁定は、想定地震動を越えた地震が過去に5回も起きている事を踏まえ、稼働を許可しないという非常に的を射た判決だったように自分は思う。

 高浜原発再稼動容認の裏に裁判所と原子力ムラの癒着!
 原発推進判決出した裁判官が原発産業に天下りの実態
 http://lite-ra.com/2015/12/post-1822.html

樋口英明裁判長

  • 「10年足らずの間に各地の原発で5回にわたって想定を超える地震が起きたのに、高浜原発では起きないというのは楽観的な見通しに過ぎない」と指摘し、福島第一原発事故後に定められた原子力規制委員の新基準についても「緩やかにすぎ、合理性を欠く」と判断。政府の原発政策に根本から異議を唱える決定だった。

この裁定を下した後、樋口裁判長は、名古屋家裁に左遷されてしまい、その福井地裁の裁判長になったのは、林潤裁判長となり、一転して再稼働が容認された。司法関係者によれば、このような人事は頻繁にあるという。

司法関係者

  • 「司法の独立なんていうのは建前にすぎなくて、今回に限らず、法務省は権力側に都合の悪い判決を出した裁判官に報復のような人事をするんです。例えば刑事事件で無罪判決を出したり、行政訴訟で住民側を勝訴させた裁判官は必ずと言っていいほど地方の支部や家庭裁判所に異動させられる。今回のケースもまさにそれに当たるでしょう」
  • このような司法人事を行った法務省の官僚、あるいは、政治家がいるとしたら、批判するべきでしょう。

 高浜原発再稼働認める決定要旨 全文は福井新聞D刊で公開 2015.12.24 
 http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/npp_restart/86245.html

では、その判決内容を見てみるとする。なかなか内容が酷いので、問題の部分を赤で強調して、突っ込んでみるとする。

【基準地震動】

  • 新規制基準では、基準地震動を定める際に最新の知見を踏まえた評価を求め、それを規制委が中立公正な立場で審査する枠組みができており合理的だ。関電は詳細に地盤構造を調べており、関電の基準地震動が新規制基準に適合するとした規制委の判断は合理的だ。

この赤字で強調した部分、基準地震動が新規制基準に適合した規制委の判断は合理的とあるが、ここで重要なのは原発という構造物が、地震に耐えられるかどうかという事が最重要なのであって、規制委員会の基準を上回る地震動が過去10年間に5回もあったという事実を重視するべきである。憲法上(憲法13条)、国民の生命の安全を担保しなければいけない事から鑑みて、規制委員会の安全基準よりも、憲法上の国民の生命の安全への義務規定の方が優越する。では、客観的な数字をもって、この基準を守る事を合理的だとする今回の福井地裁林潤裁判長の裁定を批判してみたいと思う。

規制委員会の基準700ガルを超える地震動が頻繁に起きている事が分かる。

原発の耐震性能と、最近の地震の揺れの強さ(ガル:揺れの加速度)
 福島第一原発   : 600ガル(設計基準:実際には460ガルで壊れた)
 規制委員基準   : 700ガル(近年の地震に対し、あまりにも過小な基準)
 高浜原発     : 700ガル
 阪神大震災    : 818ガル(1995年)
 新潟県中越沖地震 : 993ガル 2007年 柏崎刈羽原発変圧器火災
 大飯原発     :1260ガル(3〜4号機 耐震性能)
 新潟県中越地震  :2516ガル(2004年)
 東日本大震災   :2933ガル(2011年)
 岩手・宮城内陸地震:4022ガル(2008年:観測史上最高/世界最大)

見ての通り、実情は厳しいものであり、壊れたら放射能という手に負えないものが漏れでてくる原発は、絶対壊れてはいけない施設であり、その点からすると、耐震強度を越える地震がある時点で、国民の生命財産を守る憲法上の義務を尊守するならば、再稼働を認めてはならない。しかし、林潤裁判長は、規制委員会の基準を憲法にも勝るものとして、認めてしまった。つまり、憲法よりも規制委員会の基準の方が偉いと言ってしまっているのである。最高法規を無視する驚天動地の裁定である。

【耐震安全性】
 重要施設に高度の耐震安全性を求めることで原発全体の安全を確保する新規制基準の枠組みは合理的だ。関電は全交流電源喪失のような事故を想定した対策のほか、東京電力福島第1原発事故を踏まえた耐震補強工事もしており、高浜原発の耐震安全性は基準地震動に対して相応の余裕を持っている。新規制基準に適合するとした規制委の判断に不合理な点はない

この新基準の枠組みは合理的だとする主張は、要するに原発推進において合理的という事であって、国民の生命財産を守るという憲法上の義務と照らし合わせれば、規制委員会の耐震基準そのものが現実の地震以下なのだから非合理的である。耐震基準そのものが現実の地震に対して、足りない以上、安全は担保されていないのだから、それを安全面で合理的だとする林潤裁判長の裁定は非合理的である。

林潤裁判長は、「合理的」という言葉を乱発しているが、その全てが、憲法上の国民の権利の尊守義務を無視し、客観的な事実と矛盾し、非合理な裁定を合理的と強弁したものであり、全くもって合理的とは言えない。

さて、このような司法や権力の暴走が起きた時、多くの場合、日本社会は無力である。多くの人達が権力に対して絶望して「事なかれ主義」となり、傍観を決め込み、その結果、こういう命に関わる問題が放置される。そういう傍観の末に福島第一原発も危険性が放置されてメルトダウンに至ったのだが、全く同じ事が繰り返されるだろう。では、どうして、こういう傍観行為が繰り返されるのかという事に焦点を当ててみたい。

以前、私は事なかれ主義についてブログ記事に書いた。その一説を抜粋し、その傍観行為のメカニズムと、それに対する対処法を述べたい。

 間接的な殺人「事なかれ主義」
 http://d.hatena.ne.jp/skymouse/20120711/1341957997

問題は、バカでない普通の人達が傍観者になることである。彼らは危険だということも知っているし、良くないことだということも知っている。しかし、自分がそういうものに巻き込まれたくないので距離をとっている。その気持ちはある程度、理解する。ここで重要なのは、一人で立ち向かわないことだ。必ず、何人かでスクラムを組み、悪いことは悪いことだということが大切。一人だと、ミイラ取りがミイラになってしまう。私は、そういう子供たちの連携を塾が壊してしまったと思っている。塾によって子供の集会の集まりが悪くなってガキ大将がいなくなり、組織的に動くことができなくなった結果、悪いことが行われているとき、一人で対処できないと思ってしまって傍観してしまうのだ。でも、同じように傍観している人たちも悪いことは悪いことだと分かっている。大事なのは、そういう人達と連携することだ。ガキ大将がいた頃は、リーダーとなる年長者が問題があれば、皆で集まって、連携して対処していたのだが、集合、作戦立案、行動に至るまでのプロセスに対する演習がガキ大将がいなくなった事で出来なくなってしまったために、個々の人間が分断されてしまい、解決不能になってしまった。

Twitterのような技術がガキ大将の集合の役割を果たしており、新しい形で連携ができるようになった。これにより、重要になってくるのは、作戦立案、行動となった。事なかれ主義を脱出するためには、悪いことは悪いという信念と、それを実現するための連携と作戦行動である。このプロジェクトマネジメントが出来ないことが、結果として、事なかれ主義を生んでいるのである。そういう意味で事なかれ主義とは、マネジメント能力の欠落が生んでいるのである。マネージ出来ないから問題を放棄する。それが事なかれ主義の実態である。ある種の能力不足なのである。大事なのは、状況をマネージしようとする「決意」と、それを実現するための「連携」である。それが私達が「間接的な殺人者」にならないために必要な事なのである。

ここで重要なのは、一人で対処しようとするから絶望するのであって、みんなで連携し、作戦を立案し、行動すれば解決可能なのである。しかしながら、それを主体的に実践する習慣が失われた為、対処不能と考えてしまって、傍観者となる。つまり、チームマネジメントが出来ないから、傍観者となるわけである。SNSを使えば集合する事は出来る。しかし、効果的な作戦立案と、それに基づいて行動する計画性については、まだ十分とは言えない。この点をきちんとマネージし、集団でNOという体制を築く事が傍観者という卑怯者にならないために必要な事なのだ。そして、それこそが日本の未来を明るくする。みんなの為にみんなが団結できる社会は強い。今は弱いから権力者にいいようにされてしまっているのである。それは日本のせいではなく、私達のマネジメント能力が低いからである。過去にはガキ大将という形で子供の頃から訓練されていたのだが、それも私の世代あたりでなくなってしまったため、新しく、そういうものを作り上げなければいけない。もし、それが出来れば、あらゆる政府の不合理に対して、皆が団結して行動し、民主的に問題を解決できるようになるだろう。私は、そういう新しい日本社会を作るべきだと思う。だから、皆さん、傍観者を辞めよう。それは何の解決策にもならないばかりか、より問題を悪化させる。最悪の場合、原発事故となって、皆さんの命を脅かす恐れがある。だから、傍観者という後ろ向きの姿勢はやめて、前に進みましょう。希望のある方向へ。

そういう意味で、SEALDsや学者や弁護士の皆さんが集まった市民連合や新しい政策を立案するシンクタンク「ReDEMOS」などの動きは、この中の作戦立案、行動に該当する要素を強化するものとして、注目に値する。

 SEALDsなど五つの団体が「市民連合」を結成
 http://d.hatena.ne.jp/skymouse/20151220/1450623366

  • 作戦立案には合理的な思考が必要、それにはこの本がオススメ