SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

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安倍政権と私のいた家との類似性

安倍政権は、私のいた家と良く似ています。言いたい事を言えず、強権を振るう人間がいて、その人間に全体が従うような形がそっくりです。ですが一つだけ違う事があります。私のいた家は、小さな閉ざされた箱のようなものでしたが、世間というのは、そんな箱よりもずっと大きく、所々穴が開いていて、完全に閉ざされてはいない事です。私はその点に希望を持っています。

言論統制が完成すれば、その箱の穴も塞がれて、私のいた家と全く同じ状況になるかもしれませんが、まだそうではありません、そこで、そういう事態になったらどうなるかという事を私の家を通して書きたいと思います。

完全なる強権は、人に絶望をもたらします。なぜなら、いかに正当な理由があろうとも、それらは権力者によって無視されますし、言うことすら許されなくなります。また、その様な主張をする事自体が悪とされるようになります。それは、あなたがどんなに正しくても、そうなるのです。まるで運命のようにそうなります。あまりに非道な事が正しい事になってしまうという事で絶望が深くなりすぎると、諦めるしかないと思います。これは実際には錯覚なのですが、この錯覚が強固になってしまうところが恐ろしいのです。

誰もが、その錯覚に支配されてしまうと、社会的にその錯覚が正当性を持ってしまうのです。これが独裁の恐ろしさです。強固な錯覚が実体社会に影響を及ぼすのです。権力を手にしたものは、その力を乱用し始めます。極めてそれが自然な事であるかのように、それを実行するようになります。なぜなら、そういう事をする事が正義だという事で正当化されるからです。実際はヒトラーの親衛隊のように、権力者の太鼓持ちと批判される行為ですが、その様な状況では正義となってしまうのです。

悪が正義になる逆転現象に誰もが絶望しますが、言いたい事が言えなくなっているので、ひたすら我慢するしかないのです。その内、開き直る人たちが出てきて、体制に従っている事が楽な事に気付きます。人間は弱いので体制に従って悪事に加担するようになります。最後まで逆らうのは、そういう体制に対して、批判的な人たちです。それは、この中では最も高潔な人たちですが、恐らく最も弾圧され、叩かれるのはこの人たちです。

正義が悪とされ、弾圧される。そういう社会になります。悪は正義が目障りなので、黙らせようとします。正義がなぜ黙らせる必要がないかと言うと、誰もが正しいと認める公正さに自信があるので、黙らせる必要がないからです。黙らせるのは、自分の行いが批判されると分かっている者たちです。私の祖母は争いを嫌いましたが、その争いを避ける為に道理を用いませんでした。強権で対応したのです。それは彼女が批判される事を恐れていたからです。自分が何も相手に対してきちんと説明できない事を分かっていたからです。または、酷い人生を送りすぎて他人を一切信用していないからです。

ですが、祖母は周りの人間をもっと信頼すべきでした。人間の良心をもっと信じるべきでした。悪が全体の一部でしかない事を理解するべきでした。それが分からなかったがゆえに、祖母は権力に頼るという過ちを犯しました。祖母は、あまり教養のある人ではなく、歴史も知らず、己のしている事が昔の独裁者となんら代わらない事に気付きませんでした。

常に自分が正しいと弁護するばかりで、自分を省みる事が出来ない愚か者でした。そういう愚か者が権力を手にすると、他人を黙らせ、独裁体制を敷くのです。誰も信じていませんし、誰にも期待していないので、権力に頼るのです。そして、それは安倍政権も同じです。愚か者だからこそ、そうなってしまうのです。自分が何であるか分からないのです。