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NHK教育 「あなたの中のサイコパス」を見た。

NHK教育 8月7日 毎週金曜 午後11:00〜11:54 
心と脳の白熱教室 第3回 あなたの中のサイコパス
オックスフォード大学 ケヴィン・ダットン博士

動画リンク
http://www.myvi.ru/watch/07230027082_U3QmbtB7bU2aGQN4xlg1lg2
心と脳 第三回 あなたの中のサイコパス(55分)

暴力とサイコパスは、違った神経の回路上にあるもので、決してイコールではないのです。

映画の中のサイコパス
 ジェームズ・ボンド
 ハンニバル・レクター

サイコパス性にも程度がある。

サイコパス度の高い職業

サイコパス度の低い職業

著名人のサイコパス

サイコパス度178 ヘンリー8世

彼らは最も深刻な危険の中でさえも、見事な冷静さを兼ね備え、鼓動が高まることはありません。魅力とカリスマ性に溢れ、自信家で無慈悲で自責の念に悩みません。

サイコパス度が高い男性
サイコパスの発生率は1〜1.5%

仮説1 発育上の違い(育てられ方の違い)
 男子はより攻撃的で野心的になるように育てられる。
 女子は言語と感情を男子よりも早い段階で発達させる傾向がある。

  • 言語と感情の発達により女性はより優れた行動抑制能力を身につける可能性がある。

仮説2 脳に本来備わっている男女間の違い(神経心理学上の違い)
 嫌な刺激に対する反応
  男性の脳:怒りや攻撃 ポジティブな行動の活性化
  女性の脳:不安や逃避 ネガティブな行動の活性化
仮説3 社会学的要因

  • サイコパスが否定的な意味合いがある為、診療医が女性の患者をサイコパスと診断したがらない、また、女性自身も診断の質問に正直に答えない可能性がある。


仮説1〜3を合わせたものが、男性と女性の違い

ダットン博士の自分の事
サイコパス度が高いと、心配したり、神経質になったりするようなことはないという。そして、凄く勝ち気にもなれ、何か目標を定めたら他のことは忘れて集中することも出来るという。競争する場では人に同情することはないという。ルールは守りますが、かなり無慈悲にもなれるとの事。

ダットン博士は自分の父親のエピソードが33分目辺りにあり、これはなかなか面白かった。人を騙しても、全然悪びれず、自分の友だちの店にお客を誘導してしまう話術は、非常に興味深い。普通の人ならば良心が抵抗してできないことをサイコパスの人間は平気でしてしまう。

サイコパスになるかどうかについて遺伝的なものはあるのかと聞かれた時に、エピジェネティクスという考え方で説明されていた。それは、遺伝子の要素を環境がオン・オフするという考え方で、遺伝的要素があっても環境的要因でオフであれば、サイコパスにはならず、逆に環境的要因で音になれば、サイコパスにあるという考え方。

サイコパスは洞察力が優れているという。
連続殺人鬼テッド・バンディを例に上げながら、彼はターゲットとなる女性を歩き方でわかると言っていたという。サイコパスは他人の弱みを見つけるのに長けているという。ダットン博士は、この高い洞察力は社会的に価値があるという。例えば税関などでは、何かを隠し持っていたりすることを素早く見つけるのに、サイコパスの洞察力は有用だとのこと。


自分は、サイコパスが物事を心配したり、神経質になったりすることがないということに注目した。というのは、サイコパス度を上げることによって、ストレスを回避できる可能性が生まれるからだ。あと、ダットン博士の父親のサイコパスのエピソードからは、自分の義父も似たような人で、同時に自分も、そのようなモードに自分の意識を切り替える方法を知っているので、それを使えば、ストレスを回避できるというのは盲点だったと思った。自分がサイコパスモードに自分の頭を切り替えるのは、非常に危険な事態に陥った時である。例えば、川で溺れたとか、そういう緊急事態の時、感情を心のなかから切り離して、目に見えたものに対して冷静に判断するというもの、例えば、子供の頃、川で溺れかけた時、胃に鉛がはいったようなズシンとした重さを感じたが、その瞬間から自分は感情を切り、近くにあった草を掴んで流されないようにして助かった。または、大きなハチが自分に向かってきた時も、石のように止まり、ハチが障害物だと勘違いするようにした。後で、周りの人がよく冷静だったといったが、私にしてみれば、緊急事態で慌てるほうが危険であり、その恐怖から感情のスイッチを切ったのだった。だから恐怖が動機であったので、よく冷静だったと褒められても、実際には、恐れ故に冷静になっただけなので、厳密に言えば冷静ではない。ただ、叫んだりパニックにならなかっただけなのだ。

あの緊急事態モードが、ストレスを回避するのに使えるとは思わなかった。また、私がストレスを感じる理由も分かった。あれこれと危険を考えてしまい、そのイメージがストレスになってしまうのだ。これは子供の頃、イジメられすぎて、他人との信頼感が薄くなってしまい、周囲の人間を無条件で脅威に感じる事で生じるストレスだとわかった。また、過干渉な義姉の存在が、他人に直接、損害を与えていなくても、自分の尺度と相手の尺度が違うことで、他人が脅威になることを想定し、それがストレスになってしまって疲れてしまうことも分かった。それを解消する方法が、サイコパスモードに頭を切り替えれば対処できるというのは収穫だった。これでストレスを回避しつつ、問題に対処できると思う。そして、私がサイコパスモードで義姉に対応した時、祖母は、そんな私を黙らせたり抑制したりした。実際には、あの義姉に対してサイコパスモードを使い、感情を切り捨てて対応することは正しかったのだ。それをすることでストレスを回避できたが、祖母によってそれも封じられた事も分かった。出口戦略を祖母に潰され、義姉には価値観の違いで圧力をかけられ、精神的な防壁をまるで構築できなかった私の子供時代は、今思うと大変だったのだと思った。

物語に出てくる典型的なサイコパスは、デスノートに出てくるLやライトが該当する。サイコパスモードは、非常に周囲にとって不評であるが、冷静に物事に対処し、ストレスを溜めないという意味では有効である。デスノートのLは、そういう傾向が強く、しばしば、日本の捜査本部と対立する。ただ、Lは正義の為に、その冷静さを利用しているに過ぎず、人間的に冷酷というわけではない。冷酷に見えるというのが正確。必要に応じてそのスイッチを切り替え、そして、問題に対処していく姿に魅せられてしまう人も多いだろう。

私の義父も天才でサイコパス的な無慈悲な思考をする人だった。イメージとしては、ハンニバル・レクターに近く、そういう意味では自分はレクタータイプの人間の弟子であり、その考え方、思考スタイルを模倣する過程で、サイコパスモードを身につけたと言っても過言ではない。故に自分の中にある能力が、自分のストレスを解消するのに有効だと、ダットン博士の講義でわかったのは、すごく有意義だと思った。これでストレスに自分は対処できると思った。多分、社交的には、最低の評価を受けるだろうが…、現時点でも友達一人もいないので、この場合、自分の周りに人を置かなければいいということであり、既にそれは達成していると言ってもよい。

サイコパスモードに切り替える方法は、サイコパス的な義父のイメージを頭に思い浮かべ、その冷酷無慈悲な思考形態を模倣する。感情は切って、特定の意識は想像しないようにし、客観視だけをする。主観やモラルを無視し、単純に目の前の事象に集中することに意識を集中する。他人が文句を言おうとも、鼻で笑うような傲慢な姿勢を持って、それらを無視するイメージで、周囲の感覚的干渉をシャットアウトする。