SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

時間はお金に似ている

自分は、お金の計算をする時、この1年間でほしいもののリストを作って、それの安値やポイントの活用などを表計算ソフトで考え、入ってくるお金から、足りる組み合わせをジグソーパズルのように組み合わせて、これでいけると思ったら、それ以外のものは買わないというスタンスを取って予算編成をしている。(どうしても、出てくる緊急的な予算には予備費を計上している)

時間にも同じことが言えるのではないかと、最近、考えるようになった。時間の場合、お金と違って総量を増やすことは出来ないので、組み合わせと節制が特に重要になってくることは、お金の予算編成と同じならば理解できることで、そう思うと無駄な事に時間を使いすぎていると感じた。

お金と時間の管理が同じならば、そうなのだ。どういう問題があるかというと、長期計画をたてるのは、入ってくるお金が少ないからであり、その中でやりくりをすると、総額で大丈夫だと思っても、経費を引いていくと足りないというのが、大抵表計算ソフトで分かる。お金の計算が楽なのは、あることを達成する基準が金額という形で数値で明瞭にわかることである。時間の場合、そうは行かない。しかも、お金と違って必要量を増やすことが出来ない。

どうやって増やすかというと、あることをやるときに、同時に出来たり並列に出来たり、そもそも必要ないことであれば省いたり、節約したり、まとめたりという様々なテクニックを使うことになる。あとは、タイミングである。しかし、このタイミングが難しい。というのは、お金と違って、目標を達成できる時間が明確に分かっていないのである。予想外の問題にぶつかったりすると、途端に足りなくなる。それが後ろにまで響くのが時間である。時間にはポイント制もなければ、バーゲンセールもないので、そう言うやりくりは、とても大事なのだが、モチベーションがなかったり、疲れてしまったり、体調が悪かったりして、時間通りに行動できないって事が多い。

でもお金の計算と同じであれば、それではダメなのだ。つまり、そんなことをしていたら計画は後ろになるほど破綻するのは目に見えている。銭の計算でわかっていることは、足りない時は余計なことはなるべく省かないと、絶対足りなくなる。そうなると、時間の場合、コンデションを維持したり、モチベーションを保つにはどうしたらいいかってことが、とても大事だ。それが出来ないと、計画は破綻する。

お金で認識していることを時間に当てはめれば、そうなるのだ。ただ、時間にもいいことがあって、本来、数日がかりだと思っていたことが、数時間で終わってしまうことがある。それは、要するに量の問題ではなく、質の問題で、それを実現するために必要なリソースを過大に見積もっていたり、やっていく内に、もっといいアイディアを思いつき、楽な方法が選択できたりするので、ある意味、インスピレーションというポイント制やバーゲンセールはある。

時間は皆、24時間だが、自由に使える時間という観点から言えば、それは平等ではない。ある人は、全然ない人もいるだろうし、ある人はたっぷりある人もいる。その中でやりたい事、できることをやりくりする。お金と同じように考えれば、自由でない時間は経費であり、自由な時間は可処分所得である。そう言う意味で言えば、残業代ゼロなんて法案は、人々の時間の経費を増やし、時間の可処分所得を相対的に減らす政策である。もっと言えば、残業代ゼロにすることによって、実際のお金自体の可処分所得も減らすということで二重に自由が失われる。私達を時間とお金の両面で奴隷にする法案と言っても過言ではないとも言える。

時間について考えてみると、お金と共通点が多い。私は自由な時間がたくさんあって、お金もそれなりにある社会が良い社会だと思う。時間とお金は似ている。だから、大切に使わないと後で後悔すると思う。でも、時間を節約しようとして、体を無理に使ったら、今度は体が動かなくなって、それを修理するのに時間がかかるから、結局ところ無理はしない方がいい。体も時間のうちに入る。大事に使わないといけない。
 

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