SKY NOTE

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新しい日本の経済モデルとは?新自由主義でも、社会主義でもない第三の道

自由市場主義に基づく経済の問題点は、利息をベースとする強制的な成長経済にある。それは、要するにバブルを常に作り続ける事で成長するモデルである。それの何が悪いのかというと、需要には限界があるので、そのふくらませた風船と需要とのギャップが明白になると、そのバブルは崩壊し不況になる。これを数年周期で起こす不安定性が市場経済の問題点である。

もう一つの問題点は、常に需要を生み出し続けないといけない状態になると、例えば、医療が市場化されると、患者からより多くのお金を搾り取らないといけなくなる。そうなると、過剰な医療行為、医療の高額化という状態が生まれる。つまり、病気になって弱った人から、沢山お金を搾り取らないと病院の経営が成り立たなくなる。特に医療法人を株式会社化すれば、株主から利潤の追求を求められ、そうなる。

つまり、人が生きるための医療が、金銭的な利潤追求のために歪められてしまうというのが、自由主義経済の歪みであり、それが顕著なのがアメリカ医療なのである。アメリカの一人あたりの医療費は2010年の段階で日本の2.7倍に相当する。それは諸外国に比べてダントツで高額化しているのだ。これが市場化された医療の成れの果てです。

2006年 OECD各国の医療費と平均寿命

出典:厚生労働省 OECD加盟国の医療費の状況(2010年)
アメリカの医療費は、日本の医療費に比べて3倍近くあるのに、平均寿命は日本よりも低い。要するに医療を市場化すると高コスト化で必要な医療を受けられず、全体の寿命が縮まるということです。つまり、高過ぎて、必要な医療が受けられなくなるのが市場化した医療の実態です。

そこで、提唱されているのが、先日、亡くなられた宇沢弘文教授の「社会的共通資本」という考え方である。人が生きるための基本的なものを「社会的共通資本」として定義し、その上に一般的な自由市場を設定するべきだという考え方です。

社会的共通資本の模式図

社会的共通資本は...
・医療
・道路/交通
・教育
・水道/電気
・自然

これらの人が生きるための基本的なものに対して、政府が資本を投下したり、規制をかけるなりして、公共的な土台を担保するというのが社会的共通資本の考え方です。公共の利益と自由市場を分離することで、その個々の利益を両立させるという考え方です。これが単なる社会主義との違いです。社会主義では全体を計画経済の枠にはめ、個々の人間の創造性や自由をスポイルしてしまう。かといって、完全に自由市場に委ねてしまうと、金銭的利潤追求のために公共的な利益が阻害される。よって、それらを分けて扱うことによって、それぞれの役割が達成できる様にする。それで人間的な尊厳を保った形で自由を享受できる社会を生み出す。それが社会的共通資本のコンセプトです。それを実施する形態を社会的共通資本では「コモンズ」と定義しています。コモンズは、

「社会的共通資本をも含めた希少資源の最適な配分、持続可能な経済発展を実現するためには、社会的共通資本を実際に管理し、運営する主体として、どのような社会的制度ないし管理的組織を想定すればよいのだろうか」という問いに答えるのが「コモンズ」という概念です。

「コモンズは、さまざまな形態をとるが、いずれも、ある特定の人々が集まって協働的な作業として、地域の特性に応じて、持続可能なかたちで社会的共通資本を管理、維持するための仕組みである」

と定義されています。残念ながら宇沢先生の著書、社会的共通資本からは、具体的な形は、書いておられなかったのですが、ここから先は、私がそれを実現する金融制度を考えてみました。

まず利潤追求から分離するための金融制度として、社会的共通資本(医療、交通、教育、水道・電気、自然)については、無利子融資銀行を設立します。これの原資は日銀の通貨発行で行います。これにより、利潤追求の自由市場の流れから社会的共通資本を金融的に隔離します。資本が無利子で市場をぐるぐる回ることで、公共的な利益を継続的に達成するというのが、その目的です。各々の専門家、あるいは地域が個別に融資条件を設定し、その条件下で融資することで、その分野、その地域にあった経済モデルを構築します。完全に無利子ですと、返済しない可能性も考えられるので、その場合は、融資期限内に返済しないとペナルティとして利息が発生するという形で、過剰な融資を防ぎます。

循環型市場経済は私が10年以上前に自然エネルギーを普及させるために考案したものです。資本を無利子で循環させることで、お金が無駄なく社会に循環するモデルです。需要に合わせて大きくしたければ、通貨発行して融資枠を広げ、小さくしたければ、融資枠を狭めて調整する。社会的共通資本と循環型市場経済は、無利子にする範囲を社会的共通資本として定義し、公共的な銀行で融資する。融資条件は、その分野の専門家や、その地域の実情や経済に合わせて決める。これによって社会的共通資本におけるコモンズの資本的土台を形成し、公共的な利益を達成する。それ以外の分野は、通常の自由な市場となる。

これのメリットは、人が生きるための基本的な分野、食料や水、エネルギー、医療、交通、教育、自然などを市場経済の利潤追求によって破壊されないように出来る。どうして利潤追求が破壊することになるのかというと、例えば、エネルギーと環境を例に取ると、利潤を追求するためには、利益にならない環境規制は邪魔なのです。すべてを自由にすると自由な利潤追求のために、人を守る規制は撤廃されるのです。実際、北米自由貿易協定では、そのような事例が報告されています。つまり、利潤追求型の経済では、利益にならないことは排除されるのです。その排除されるものの中には、生存権や環境など人々の基本的人権に関わるものがはいってくるわけです。それを守る資本的土台としての社会的共通資本という思想と、それを実現する無利子金融制度の組み合わせこそ、21世紀の経済を根底から支えるものとなる。そうなれば、人々は安定して自由で豊かな社会を生み出すことが出来るだろう。

それを実現する為に、エネルギーや資源を外貨に依存しないで自給することが求められますが、それも実現可能です。20世紀には出来ませんでしたが、21世紀の現在は、それが可能となっています。

日本のエネルギー自給の形(画像をクリックすると拡大します)

つまり、時代は社会主義でもなく、新自由主義でもなく、「社会的共通資本」なのです。