美味しんぼの鼻血問題が、なぜこれほど政権が否定するのかといえば、政権が今まで安全だと言ってきた被曝の問題が、鼻血によって現実の問題として認識せざる負えない事態に陥るからである。つまり、鼻血問題を発端として被曝の現実に向き合わざる負えなくなると考えた時、福島の人たちを高線量地帯に帰させた政権側の行為の正当性が全くなく、実はしてはいけなかったという事になるからである。そうなれば、今まで、権力の行ってきた事の全てが嘘ということになり、国民を守るという最低限の義務を自分たちの都合のために怠るばかりではなく、その逆のことをやってきた政権側の行為が露見してしまう恐れが出てくるためなんだと思う。よって、権力側は徹底して、これに対しシラを切る。または、問題を鼻血問題だけに止め、他の被曝の問題に国民の目を向けさせない事に集中するだろう。
もうひとつ、これは嫌な話なのだが、現在、解釈改憲問題によって集団的自衛権の問題が山場を迎えている。この鼻血問題を利用して、集団的自衛権の問題への国民の目をそらさせる事もあるんだと思う。
- 首相、憲法解釈変更の検討指示 集団的自衛権を限定容認
- http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014051501001207.html
- 2014年5月15日 21時41分
- 安倍晋三首相は15日、自ら設置した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二元駐米大使)から集団的自衛権行使を容認すべきだとする報告書の提出を受けた。その後の記者会見で、行使の限定容認に向け、憲法解釈変更の基本的方向性を表明し、政府、与党に検討を指示した。
- 政府は従来、憲法9条の平和主義の理念を踏まえ、集団的自衛権行使は許されないとの見解を維持してきた。首相の意向で行使を認める憲法解釈変更に踏み切れば、日本の安全保障政策の大転換で、専守防衛の理念から逸脱する恐れもある。
自衛隊員「戦争で死ぬのは任務」「殺さない軍隊でいい」
http://www.asahi.com/articles/ASG5H3SJNG5HUTIL01C.html?iref=comtop_6_01
この問題の恐ろしいところは、解釈によって憲法から逸脱した行為を容認することである。そうなってしまえば、憲法に書かれていることが有名無実化する。その結果、憲法が支えてきた、基本的人権の尊重、平和などの理念がなし崩しになってしまう。(どんなに言葉を繕っても、戦争をすることには変わりない、つまり、それは人殺しをするということなのだ)
きな臭い話で言えば「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」というのの、座長・柳井俊二元駐米大使を見れば分かる通り、駐米大使というアメリカに近い人間が座長を務めている懇談会によって「集団的自衛権を認めるべき」という結論が出ている点だ。こういう判断の根っこにアメリカがいるんだとしたら、それは、アメリカの意思という事になり、そう考えると、アメリカが起こす戦争の度に日本の自衛隊員が戦争に駆り出される恐れも出てくる。もしかしたら、アメリカの州兵のような準軍隊的な組織を編成し、そこに若者を入隊させて、アメリカが起こす戦争に駆り出すのではないかと思う。要するにアメリカが起こす戦争の為のコマとして日本人が使われかねない。だが、今、日本が戦争を起こして反撃されるようなことがあれば、真っ先に原発が狙われる。そうなれば、日本国民の殆どが今の福島の人々のように被曝し、鼻血を出すような事態になるだろう。
そういう意味では、日本の平和憲法が崩壊する大問題であるとも言え、被曝の問題も解釈改憲も、国民は同時に反対しておかないと全国民の命が危ない事態といえるので、両方共、声を大にして文句を言わなくてはいけないのだが、こういう議論をする際に、必ず問題となるのが、どちらか一つを選ばないといけないみたいな主張をする事で分断しようとする人間がいることである。
どっちもダメであり、どっちも大きな問題であるため、問題意識を広げて、安倍政権にNOを突きつけなければ、被曝の問題も平和の問題も両方共、安倍のいいようにされて、気がついたら被曝の影響で沢山の人が苦しんだり、アメリカが起こす戦争の為に日本の自衛隊員が駆り出されて殺されてしまったりする。
鼻血の問題に端を発する被曝の問題、集団的自衛権の問題、これほどハッキリと明確に大きな問題が出てきているのだから、それを大きな国民の意志として結集する先駆けになれば、この流れは、あながち悪いことではない。これを好機に状況を一気に改善できる可能性も見えてくる。現在、多くの人々は、国政選挙の低投票率を見れば、マスコミの言っていることもオカシイ、政治の言っていることもオカシイ、だけど、何を信じればいいのかわからないので、行動できなくなっているのが本音だと思う。そこへ、これほど明確に問題のあることを安倍がやっている。それがハッキリ見えている。つまり、ハッキリ状況が分かるようになっているわけで、行動を起こす下地ができ始めているのではないかと、自分的には思うのだが、いかんせん、まだ、その流れは本格化しているのだか、まだわからない。
ただ、この空気は、脱原発デモで国会を10万人が包囲した2012年あたりの感じとも言え、もしかしたら、これが火付け役になって、反対が大きくなる可能性もある。ただ、あの時の失敗を見ると、やはり、インテリが主導していない運動は弱く、政治家との交渉において負けてしまったと言わざる負えない。
その点、特定秘密保護法に学生(若いインテリ)たちが反対し始めたという点、彼等が、この安倍政権への人々の問題意識を結集するコアになってくれれば、あの時のような失敗を繰り返さずに済むと思う。なぜ、そう思ったのかというと、今年の5月3日に開かれた特定秘密保護法に反対する学生デモの主催の若者の演説がとてもよかったからだ。彼のような若いインテリの声が広がれば人々を動かす原動力になると思うのだ。
2014.05.03特定秘密保護法に反対する学生デモ
http://youtu.be/2RKz_3FFj1k?t=19m34s
リンクをクリックして、その部分を聞いて欲しい。若者らしい覇気と、インテリの持つ話の鋭さがある。そして、その覇気と鋭さに私たち市民の総意が結集すれば...あるいは、この問題を打開できるチャンスを手にできるかもしれない...と思うのだ。ピースは揃いつつある。だが、まだ、それは動いていない。それが今の状況のように思える。