SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

根拠のない確信=甘い人間→もっと辛い人間がいてもいい

冷蔵庫の飯がダメになるのは、容器の中の食べ物が見えないからである。つまり、状況の可視化が重要なのだが、大抵の食品の容器というのは、半透明のタッパウェアなのである。クリアタイプが少ない。要するに見えないことが物事がダメになる理由なのだ。物事をハッキリ見るためには、クリアな発想が必要であるが、日本人の発想というのは、半透明のタッパウェアとも言える。だからこそ、中にあるものがチェックされず腐るのだ。

私が世の中でオカシイなと思うことは、根拠のない確信が多すぎること、ダマされないためにすることは、根拠に対してシビアになることなのだが、それを印象やイメージだけで決めつけてしまう人が多い。多分、彼らは根拠を追求する厳しい質問にさらされたことがないんだと思う。そういう何というか甘ったるいコミュニケーションが日本の病巣の根幹にあると思う。「なんとなく、これでいいんじゃね」という中途半端なコミュニケーションが、根拠のない確信、つまり、デマの温床になる。そして、ダマされる原因となるのだ。

そして、自分たちが騙されると、自分たちの甘いコミュニケーションから生まれた脇の甘さを批判せず、騙した奴が悪いという理屈で責任逃れをする。しかしだ、私に言わせると、見え透いた嘘に騙されるのは、基本的に騙される方も悪いとしか言いようが無い。そして、その騙された大多数の巻き添えを喰らう他の人々の迷惑そ考えたら、その甘さに対して批判を加えてもいいのではないかと感じる。

最近、そういうコミュニケーションが海外の常識と衝突した。それは、IOCで日本が原発汚染水の問題について釈明しているときだ。海外からの厳しい質問にさらされて、全然ちゃんと答えられない。しどろもどろしながら「予想以上だった」と言う体たらく、予想以上ではなくて、日本社会の汚染水に対する認識が甘かっただけなのだ。

そういう甘さが、日本が良くならない原因なのだ。簡単に騙される弱さがあるからこそ、だます奴が栄えるのであり、ある意味、甘い奴がいるからこそ、悪い奴がのさばるのである。だからこそ、物事に根拠を持って接する姿勢が必要なのである。そう言う姿勢が、騙されにくくなることに繋がる。そして、それは社会を良くする。だます奴が栄えにくくなる。

甘い人間が撒き散らす誤った判断で、周囲の者が迷惑を被る。よって、甘いことは害悪であって、悪人の次くらいに悪である。悪の温床とも言って良い。よって、私はもっと辛い大人が増えてもいいと私は思う。