SKY NOTE

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「小さな幸せ」が「大きな幸せ」を壊す

日本という国を見ていると、一時に比べると衰えたものの、未だに技術資産が豊富で、その資産を適切に運用すれば、食料、エネルギー、資源が自給できる状態を作り出せる。しかしながら、それを実行する際に、鉄から超プラスチックへ、原子力化石燃料から自然エネルギー、バイオエネルギーへ、ポルトランドセメントからローマン・コンクリートへと技術移転をしなければいけない。

原子力には原子力利権があるが、これは、もうすぐ無くなる。福島第一原発事故という劇薬によって。

鉄は、高炉鉄鋼分野がなくなり、輸出産業は円高でなくなる。これは輸出で儲けている産業にぶら下がっている人たちの失業を意味する。鉄が日本に必要のない理由は、すでに輸入した鉄で十分、国内の鉄需要を賄えるからであるということと、鉄の需要の大半を超プラスチックで代替できるからであり、そのプラスチックの原料もバイオ石油で自給できる用になると予測されるためである。(オーランチオキトリウムの研究)また、石炭や鉄鉱石を輸入する必要も輸出の放棄によって必要なくなるからである。さらにローマン・コンクリートは炭酸系なので、鉄筋は錆びてしまって使えない、つまり、国内で自給できるローマン・コンクリートを主体にしようとすると、建築物に鉄は使えなくなる。要するに21世紀の産業には鉄はそれほど多く必要ない。鉄鋼産業な20世紀の産業なのだ。

ポルトランドセメントは、生産に石炭が必要で、寿命が2〜30年程度でボロボロになり、その周期ごとに更新が必要になるため、その度に建築関係に仕事が入るが、ローマン・コンクリートの場合、その寿命が数千年であるため、更新が必要なく、同じ建物を必要とあれば数千年使い続けることが可能だ。結果として、建築関連の仕事がなくなる。実際、ローマの水道は今も数千年前のローマ時代のものが使われている。このことから分かる通り、ローマン・コンクリートの技術を用いることが社会インフラにとって合理的であることが分かる。だが、建築業の仕事は減る。日本は地震があるから壊れると思うかもしれないが、ローマのあるイタリアも日本ほどではないが地震国である。ローマン・コンクリートの材料が火山灰から出来ていることからも分かる通り、火山国なのである。そして、その硬さはポルトランドセメントの2倍の硬さ。強度も十分である。これはローマにいけば分かるであろう。数千年前の建物が未だにある。

効率が悪く無駄な産業であるほど、仕事は増える。そして、その仕事の存在が既得権となる。日本がエネルギーや資源を自給し、輸出産業から離脱し、休みの多い豊かな社会になるためには、仕事を減らす必要がある。つまり、無駄のない技術、効率的な産業を選択することが必要なわけだ。しかし、それを実行すると仕事が確実に減る。そして、そこには失業が待っている。だが、その失業をカバーする。週休3日制や4日制の実現、外貨に頼らない産業構造の構築などやるべきことは沢山ある。一時的には失業が生じるが、その先には、奴隷のようにあくせく働いて、小銭を稼ぐ人生ではなく、ゆとりのある安定した遥かに「大きな幸せ」が実現できる。しかし、そのためには、「小さな幸せ」という現状の産業や、技術を捨てる必要がある。日本は、この無駄の多い産業や技術を捨てられないところに不幸がある。そして、それを正当化しているのは、そういう無駄の多い産業にぶら下がっている「ちいさな幸せ」なのだ。

さて、どうして、そういう既得権を批判するのかというと、日本が貿易赤字国に転落したからだ。3.11以前から、段々と貿易黒字が細っていたことからも分かる通り、日本は輸出では稼げなくなってきている。3.11は貿易赤字になるきっかけに過ぎず、それ以前から日本の競争力は落ちてきた。さらに資源価格の高騰は続くだろう。結果的に日本は外貨を稼いで国の経済をやっていくというビジネスモデルはすでに破綻しかけていると言って良い。事ここに及んで過去を温存するよりも、3.11を機に古い産業を捨てて、新しい産業構造に再構築する必要がある。そういう意味で古い産業にぶら下がることを、「ちいさな幸せ」と表現した。なぜなら、個別最適化でしかないからで、それももう寿命が来ている。穴の空いたバケツに水を注ぐようなムダの多い仕事をしている。だから、仕事を減らし、効率的にし、その分、労働時間を減らしても経済が廻るように、国際経済という融通のきかない枠組みから離脱することが求められる。それは、自国通貨のないギリシャの苦境を見れば、それは明らかである。日本は自国通貨を持っているが、ドル経済に右往左往することからも分かる通り、自国通貨のみでは国がやっていけないのが現状。

原発問題で恐らく新生児が大幅に減る時代になり、高齢化がさらに加速する日本にとって必要なのは、国際経済からの早期の離脱である。国内で経済が廻る仕組みを整えることが急務である。そして、その技術は既にあり、それを実現する必要にも迫られている。しかし、既得権にぶら下がっている人達がいる。正確には古い仕事にぶら下がっているのだけど、この仕事はなくなる。それらは外国の資源を必要とし、しかし、日本は外貨が稼げなくなってきているので、結果として、その仕事自体が存続不可能になりつつある。だから、事態が表面化する前に事前に産業構造の転換の準備をしておかなければいけない。相当難しい作業だが、やらないと日本は奴隷になる。なぜなら、金も稼げないのに、外国から物を買うということは借金をするということである。そして、借金をするということは、奴隷になるということなのである。働けど豊かにならない奴隷という「小さな幸せ」のために今のまま、古い産業を残すか、古い産業を捨てて、新しい産業に転換し、休みが多く、ゆとりのある「大きな幸せ」をとるか、どちらかを選べという事になりつつあるように自分には思えてならない。