SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

失敗を気にしないほうが努力できる(私の場合)

失敗をすごく気にする自分と、失敗を全然気にしない自分がいる事に気付いたとき、その違いは何かと言う事を考えてみると、失敗する事が目的の時は、失敗を気にしていない事に気付いた。つまり、行動を知的好奇心のために行っているときには、失敗を恐れず、行動を結果のためにやっているときには、失敗を恐れていた。

私が物事で成功するのは、実は結果のために頑張っているときよりも、知的好奇心のために頑張っているときなのだ。つまり、失敗を楽しんでいるときが最も力を出している事になる。これは、要するに結果のために努力していくと、失敗するたびに萎縮してしまう。だけど、そもそも、「これやったらどうなるかな?」という知的好奇心のためにやっている時は、何度失敗しても頑張れる。なぜかというと、失敗のデータ収集が目的だから。失敗そのものが目的なので、基本的に恐れない。むしろ、データが集まったと喜ぶというのが、私の成功パターンである。そうやって何十、何百と失敗していくうちに、偶然にうまくいく方法が見つかり、成功する。だけど、それは偶然ではなく、データ収集によって、少しずつ軌道修正していった結果、最後には、最善のプロセスが見つかるわけである。しかし、結果のために頑張っていると、失敗するたびにナーバスになってしまい、成功するまで継続できない。故に、私の場合、結果を求めると、失敗するたびに精神的に参ってしまい、継続できなくなってしまう。

つまり、失敗を目的として頑張ると、無限の努力が可能となり最後には成功するが、成功を目的に頑張ると、失敗するたびにナーバスになり、行動が萎縮し、有限の努力になって、最後まで続ける事が出来ず失敗する。私の成功パターンは、結果を望まず、失敗の繰り返しを知識の収集と割り切ってしまう事である。その収集データの積み重ねが、最終的には成功を生む。ある意味、私の能力を最大に引き出す動機は「知りたい」という欲求であって「成功したい」という欲求ではないのだ。私の場合は「知りたい」という欲求のオマケとして「成功」が生じると言っても良い。そういう意味で、どちらかと言うと私は、実験が目的であって、成果は、そのおまけでしかないわけだ。

性格的には恐らく科学者に近いのかもしれない。自分の最大の欲求を活用する事で、それを成功に結びつける事を考えた場合、私にとって結果を望む事よりも「知りたい」と思う事の方が良いのである。その方が行動が萎縮しないので頑張れるのである。ある意味、知ると言う事を目的とした場合、失敗もまた成果なのである。つまり、私の場合、「知りたい」と思う限りにおいて、失敗は失敗ではなく、貴重なデータ収集が成功したと言う事なのである。そういう意味では、好奇心は、失敗を成功だと解釈するスーパーパワーを持っていると言える。だが、他人から見れば、非常におかしな奴なのである。失敗して喜んでいるわけだから。失敗からデータを収集し積み上げる事を楽しむとき、私は成功への道筋を「知りたい」と思う事で歩いている。しかし、私は成功したいと思っているのではなく、知りたいと思っているだけである。知りたいと思う私の方が、成功したいと思う私よりもはるかに勤勉で、優秀であるので、成功するのである。