SKY NOTE

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戦略とは哲学である 「戦術と戦略の違い」

戦術と戦略の違いは、戦術は実行面での優先順位を定め、その中で目的に対し、行動を構成するのに対し、戦略とは、物事が「どうあるべきか」をベースに全体構成を定める。いわゆるグランドデザインを担当するものだ。戦略が哲学だと言う理由は、このグランドデザインの大黒柱は、「何のためにそれをするのか?」というコンセプトであり、それがなければ、グランドデザインそのものが成り立たないからだ。
 
例えば、戦術と戦略を混同した日本人の場合、戦術的に建物を建てる。それは、基本的にどういう建物かと言うと、耐震基準OK、基礎OK、外壁OK、みたいに個々の要素を組み立てることに専念する。これが戦術家の家
 
戦略とは何かと言えば、この家には老人も住むから「バリアフリー」にしようというコンセプト(戦略)があって、それに基づいて、家の全ての段差がなくなる。つまり、全体を網羅するコンセプトが脈々と流れているのが戦略。それがないのが戦術。

家族が住む家だから、リビングは広めに、家族全員の対話が弾むように対面式のキッチン、とか、そういう全体を網羅する発想があるのが戦略的。個別の要素への認識しかないのが戦術なのだ。日本人は基本的に一兵卒を作るために強力に教育された人民であるから、基本的に全体を見るのは少数の指導者でイイと言う発想が根深い、しかし、上記の戦略思想を見ていて、どちらの家に住みたいと思うだろうか?戦術を中心に作られた家か?戦略中心の家か?誰もが望むのは、全体を網羅する戦略的な思想で作られた家の方を選ぶに違いない。

それは、戦略的な思想で作れた家の方が、どのように住むかと言うビジョンが明確で、そのビジョンに共鳴した人が欲しいと思えるものを作っているからだ。目的が明確な家と言って良い。戦術的にどれだけ優れていても、それらが構成する要素に統一感がなければ強いメッセージにはならない。そこが戦術の弱いところであり、戦略の強いところである。

日本の携帯電話メーカーとAppleGoogleスマートフォンの違いは、この戦略の有無にある。日本の携帯電話メーカーは個別の要素(戦術)を強調するが、AppleGoogleは、グランドデザイン(戦略)で攻めてくる。メッセージ的にどちらが強いかと言うと、後者であり、前者は、いくら個別の要素が優れていてもダメなのである。全体を網羅している思想が貫かれているAppleGoogleの戦略には広がりがあり、そこには「大きさ」スケールがあるのに対し、個別の要素をチマチマつくる日本のメーカーの製品は、個々の機能が単発で終わりあっさり終息してしまう。まるで線香花火のようにはかない。

最も戦略的なのがAppleでJobsの哲学に基づいて、グランドデザインが構築され、それがiPadiPhoneになっている。例えば、「ボタンは一つにしろ」とか、そういう事を命令しているのは、Jobsである。エンジニアならば、ボタンを増やしたいものなのだ。しかし、そういうのを全部シャットアウト、切って捨てることができるのは、CEOであるJobsしかいない。少なくともAppleと言う会社ではそうだ。戦略とは哲学なのである。そうやって、どこにもないくらい極端にシンプルな製品が生まれる。だが、実際に使ってみると面白い。なぜなら、タッチパネルであらゆることができるように一貫して設計されているから。ボタンが一つだから、タッチパネルで殆ど全てのことができるように設計されている。そして、唯一の残った一つのボタンを問題が起きたときに押すと元に戻れるように設計してある。1個だけだから迷いようがない。そういう哲学の一貫性が、アップル製品の強さなのだ。日本のメーカーにはなくなってしまった製品のタイプだ。昔は日本もそういうものを作っていた。

プロフィールプロなどは、その典型で映像を映すと言う目的に特化して作られたブラウン管式テレビだった。このテレビのメッセージは強力で、テレビチューナーがない、スピーカーもない。とにかくただ映すことのみに特化している。しかも画質調整はタッチパネル。つまみやボタンなどはない。調整するときだけイルミネーションが光り、操作ができるようになっている。とにかく見る時に邪魔になるような突起や形状などはなく、ただ黒くて真四角なモニタでしかない。そういう意味ではiPadiPhoneに似ている。戦略的なプロダクトだ。


     

PROFEEL PRO(初代は1986年に作られている)完璧に真四角な黒い箱...今みてもカッコいい。製品にメッセージ性がある。iPadを横に置くと、まるで親子のようだ。

「戦略とは哲学、その哲学なき製品のメッセージ性は薄い」

今、日本企業がスマートシティの受注競走をしているが、外国企業と違って、哲学がないのが問題に見える。最高の部品があっても、それをタダ組み合わせただけでは、製品にならない。その製品に流れるコンセプト、哲学がなければ、訴求力が貧弱となり、受注競争に負けるだろう。日本は和をもって尊しという価値観なので、とにかく相手に合わせることばかり考えていて、個別にチマチマしたものを提案することはできても、全体のグランドデザインを統括する人材が欠落している。全体を統括するプロデューサー的な人材が必要なのだが、それが全くないのが異常。本当はスティーブ・ジョブスのような人材が日本の企業連合体を率いるべきなのだが、日本の古い価値観が拒否反応を示す。ただ、古かろうが新しかろうが、あれだけ大きなプロジェクトを統括するためには、どこかに、それを統括する哲学なり、理念がなければいけないのだが、そこの部分が完璧なまでに存在せず、互いにナァナァマァマァでやっているのが日本のぬるいところだと思う。技術だけで勝てると思っていると、多分負けると思う。なぜならば、技術だけで顧客は説得できないから。Appleスマートフォンが日本の携帯電話を駆逐しているのは、そういう技術ではないコンセプトの差なのだ。コンセプトを中心に技術が最適に統合されているからこそ、iPhoneは優れているのである。技術がバラバラに組み合わされた日本の携帯電話は、一貫性がなく、使いにくく、面白くないので、徐々にフェードアウトしていく。哲学があるからこそ、強いのだ。それはスポーツで言えばチームワークに相当する。

「哲学(戦略)とはスポーツで言えばチームワークである」

「哲学なきサービスやプロダクトが負けるのは、チームワークの出来ていないスポーツチームが負けるのと同じことである。」