SKY NOTE

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なぜ池上彰さんやサンデル先生の授業は面白いのか?

池上彰さんやサンデル先生の授業が面白いのは、内容が興味深いだけではない。その情報伝達形式に面白さがある。面白いというのは情報の欲望である。情報について渇望が生じて、その渇望を満たす情報が手に入ると人は面白いと感じる。情報の渇望とは疑問であり、その疑問が満たされる解答を聞くと、面白いと感じる。サスペンス小説やドラマもコレと同じである。謎が「真相が知りたい」という渇望を生み、それを名探偵が解く事で満たされて「面白い」と感じる。
 
つまり、サンデル先生や池上彰さんの授業では、必ず、回答者がいる。疑問を持つ対象がいて、それに池上さんやサンデル先生が応える事で人々の頭の渇望が満たされ、面白いと感じる。この形式をソクラテススタイルというらしい。このスタイルは、疑問を持つ存在と解答する存在がいる。解答するのがサンデル先生だとすると、まず疑問を生じさる。それについて解答、あるいは更なる疑問を引きだし、それらを戦わせつつ、疑問のレベルを徐々に上げていき、好奇心をピークに引き上げて、それに応える。こうすると、面白いと感じる。
 
つまり、人間の脳は、疑問が存在すすると、それを解決したくてウズウズしているわけだ。そこに解答、あるいは、解答に近い情報を与えてやると、脳は疑問が解決されて嬉しいわけだ。そして、その嬉しさに面白いという報酬を与えるわけだ。これを上手く活用したのがDEATH NOTEで、これからどうなるのか分からない状況を作り出し、読者を疑問のどん底に引き落とし、次のストーリーで予想外の展開でそれに応える。この繰り返しなのだ。その展開が破綻なく自然であり、同時に予想できなかったりすると刺激的で面白いと感じるわけだ。だから、ストーリー漫画は、こういう手法を半ば本能的に使っているようなところがある。
 
難しい話であっても、それが理解しやすい内容に要約し、具体的な例えを使ってイメージしやすくした上で、キャラクターに疑問を生じさせ、それにもう片方のキャラクターが応えていくストーリーを作っていけば、サンデル先生や池上先生がやっている対話型教授法に近いものが作れるわけだ。疑問→解答→疑問→解答、この繰り返しが興味深い内容だともっといいのだ。そういう意味では、教科書もこういう形式で書けば面白いものがかけるように思う。