SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

やる気とは心に報酬を与える事

脳科学の先生に言わせると、やる気とは、心に報酬を与える事だと言う。つまり、心という対象に常に報酬を与え続ける事が、やる気を維持する為に必要な事だと言う。故に減点主義は人からやる気を奪う事になり、得策ではないと言える。そうは言っても、世の中の求める基準は厳しい、減点主義の方が世の中の人が求める基準に近い事がままある。そういう時に、どうすればよいのか?
 
減点主義は絶対評価としては正しいが、やる気を生み出す方法としては間違っている。そこで必要なのは相対評価だ。「昨日より今日、今日より明日」という発想である。つまり、目標を時分割して、その個々の小目標が達成される度に、心に報酬を与え続ける事が必要なのだそうな。
 
そう考えてみると、なにか王様の仕事のような気がしてきた。苦しい時に、民衆を鼓舞し励まし勇気づけ、そうやって民衆の心に報酬を与え続けて、自分の頭の中では現実と格闘し、正しい方向づけをして、民衆を導く。つまり、自分のやる気を維持する事とは、指導者としての己の資質を試されていると言ってもいい。民衆とは自分の心、合理的な方向づけは自分の理性、しかし、その理性は絶体評価という現実を認識しつつも、それを元に民衆(心)を非難しない。つまり、絶体評価に満たないからと言って己を否定しない。ある意味、暴君であってはならないのだ。暴君の前では民衆は苦しみ喘ぎ、最終的には暴動が起きて破綻するのが目に見えている。つまり、計画倒れである。
 
計画を成立させるためには、優しき正君でなければならない。イ・サンの様に...先週のイ・サンは、まさにこの事が描かれていた。タモという卑しい身分のソンヨンが宮廷の絵の試験をやれることになり、その重責に苦しみ筆が全然進まない時、イ・サンは、それを励まし、もし出来なくても良いのだと重責を軽くするようにし、その上で「私が贈った筆を使うといい」と励まし勇気づける。イ・サンは人徳によってソンヨンの心に報酬を与えて、見事、ソンヨンを試験に合格させるのだった。
 
このように人のやる気とは、ある意味、人の心という国をいかに統治するかと言う政治の話にたとえる事が出来る。己をどうやって統治するかは、イ・サンを見るなどすると良いのかもしれないと、ふと思った。大事なのは、絶対評価をあまり意識しすぎない事であり、相対評価に注視し、その相対的向上を称賛し、己に報酬を与え続ける事である。
 
やってはいけない事は、現実を意識しすぎるあまり、減点主義に陥る事。絶対評価と己の現実にあまりに差が大きいと、人は絶望し、やる気を失ってしまう。つまり、格差があまりに大きいと人はやる気を失いダメになってしまう。故にそれはやる気を生み出し、結果を出すためには得策ではないのだ。苦しい時こそ、イ・サンの様に励まし勇気づけ、小さな事でも出来たら褒める事。そうやって心に報酬を与えて頑張る気力を途絶えさせない事。それが大事なのだ。
 
やる気を出すためには...
 「己の心に対して暴君であってはならない、優しき正君であれ!」
...というワケで、自信を失った時は、重責を背負わされてオロオロするソンヨンを想い出し、それに対して「イ・サンだったら、どう考えるか?」と思い描きながら前に進むとしよう。
 

広告を非表示にする