SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

日本では言いっ放しの無責任な批判が多い

日本では、言いっ放しの子供じみた無責任な批判が多い。これは大人として恥ずかしい主張の仕方だ。何かに文句を言うときには、それ相応の代案を考えてから、文句を言うといい。そうすれば問題の難しさが分かり、軽はずみな文句など言えないはずなのだ。またそうすることで問題を真剣に考える事にもなろう。
(誰でも意見を言うべきだが、あまりにも考えないで意見を言う人が多いと、それが多数派となって、賢明な意見がそれに埋もれる危険があるのだ。考える意識があると、いい意見に対する感受性も高まるが、あまり考えないでただ文句を言っているだけだと、そういう感受性も生まれない。よくアイディアは、何も考えないところから生まれるのではなく、始終考えているとき、突然閃くという事を聞いた事があると思う。アレと同じ、考える姿勢があると、いい意見も見分けやすいのだ。ないとダメ)
 
アフガン支援の方策について5年間で50億ドルを拠出するというのは、思い切った政策だったと思う。アフガン市民の声は「戦争は貧困と失業のせい」ということなのだそうだ。
 
「戦争は貧困と失業のせい」、アフガン国民の認識が明らかに
 
つまり、経済支援こそ、彼らに必要なものであり、そういう意味では鳩山政権のしている事は方向性は正しいと言える。後は、その50億ドルが腐敗したカルザイ政権の中でどれだけ正しく運用されるかが問題なのであって、そこに焦点を当てるのが筋なのだが...50億ドルと言う額の支援を一方的に無駄だと決めつけ、代案を示さず批判しているblog記事のなんと多い事よ。なんと子供じみた主張なのだろうとわたしは思う。彼らは恥を知るべきである。
 
こういう言いっ放しの批判をしているのは、何もblog記事だけではなく、社会全般に渡っているのだが、特に問題なのがテレビや新聞という旧メディアの論調だ。彼らこそ言いっ放しの批判の総本山で、世の中に間違った批判の仕方を広めている張本人なのだ。そういう意味で旧メディアの連中は、プロではなく素人集団である。毎日、素人意識の抜けないメディアを見ているから、私たちも素人的な発想に陥っていると言っても過言ではない。そういうのが如実に分かる記事を見つけたので、紹介する。
 
素人集団なのはどちら?(1)〜「事業仕分け」報道に見る、大手メディアの落日〜
 
長文だが、京速スーパーコンピューターの事業仕分けについて、きちんと調べられていて、非常に鋭い指摘だと思う。メディアは、こうあるべきだと言う内容だ。大手メディアもこういう記事を見習って書いて欲しい。そう思わせる内容だ。そして、この記事を読むと、いかに大手メディアと言うものが素人集団なのか分かる。私たちはこんな粗末なものを読んだり見たりしていたのかと思うほどの内容がここにはある。
 
日本の悲劇はジャーナリズムの貧困だと言われる。それは、言いっ放しの無責任な批判の温床になっている。それはきちんとした判断基準を日本のジャーナリズムが提供していないからである。日本のマスコミには、素人意識から抜け出してプロになって欲しいと思うのだが、どうもそれも時間切れのようである。こういう優れたblog記事を読むと、こういう記事が正しくマーケティングされれば、大手メディアの素人記事などひとたまりもないだろう。また、その粗末な情報を元にした言いっぱなしの批判などは、何も知らないバカとされてしまうだろう。それがバカにされないのは、要するに日本の報道が、それ以上にお粗末だからだ。
 
いずれYouTubeや電子ブックが、個人をテレビ局や出版社に変える時が来る。今は、ちゃんとしたマーケティングがされていないが、きちんとマーケティングさえすれば、優れた個人の結集が結果的に日本のジャーナリズムを変えるのではないかと考える事がある。特に優れた記事を見たときにはそう感じる。問題は、優れた個人の情報を、どのようにして人々の間に広め、それをお金にして、そういった優れた記事を書く人に還元するかというビジネスモデルの構築である。それさえ出来れば、日本のクズメディアを撲滅し、言いっ放しの批判をバカで無責任な戯言と皆が笑うような状況が作り出せるのだが...まだ、そういうところまで考えが及ばないのが口惜しいところである。
 
大手メディアと言う素人集団にお金を払うのではなく、本当のプロに私たちはお金を払いたいのだ。