SKY NOTE

skymouseが思った事考えた事を記したもの

青少年ネット規制法

いわゆる「青少年ネット規制法」が成立、どのような影響が今後考えられるのか?
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080611_internet_restriction/

この内容を見た時、マズいなと思った。フィルタリングの義務化がメインの法律だと思ったが(それだけでも十分面倒な事になりそうなのだが)、その義務を実行する努力規定が治安維持法に通じるものがあり、まさか、このような情報統制的な法律が現代の民主主義国家で通る事になるとは...

どんな内容なのか、まず「特定サーバ管理者」「発信」の定義を見てみる。

 ↓引用↓
この法律において「特定サーバー管理者」とは、インターネットを利用した公衆による情報の閲覧の用に供されるサーバー(以下「特定サーバー」という。)を用いて、他人の求めに応じ情報をインターネットを利用して公衆による閲覧ができる状態に置き、これに閲覧をさせる役務を提供する者をいう。

この法律において「発信」とは、特定サーバーに、インターネットを利用して公衆による閲覧ができるように情報を入力することをいう。

つまり、ブログを書いている人などは完全に「特定サーバー管理者」に合致すると考えて良いのではないかと考えられます。というのも、「プロバイダ責任制限法」においても、ブログの開設者や掲示板の管理人など、法人・個人を問わず不特定多数の人が書き込みできるサイトの管理者であれば誰でも裁判などの対象になっているため。「プロバイダ」「特定サーバー管理者」と書いてあっても、中身としては「サービスの利用者」と考えた方が実感としては正しいです。ネット上で情報発信するすべての人にとって今回の法律は関係がある、というわけ。
 ↑引用↑

そして、この規制の努力規定は...

 ↓引用↓
特定サーバー管理者は、その管理する特定サーバーを利用して他人により青少年有害情報の発信が行われたことを知ったとき又は自ら青少年有害情報の発信を行おうとするときは、当該青少年有害情報について、インターネットを利用して青少年による閲覧ができないようにするための措置(以下「青少年閲覧防止措置」という。)をとるよう努めなければならない。
 ↑引用↑

この努力規定の「青少年に閲覧が出来ない様にする処置」
→汎用的に利用できる個人認証技術がないと実現不可能、当該情報を削除する以外に完全な対処は難しい。事実上、その種の情報の削除要求とも言える。

 ↓引用↓
特定サーバー管理者は、その管理する特定サーバーを利用して発信が行われた青少年有害情報について、国民からの連絡を受け付けるための体制を整備するよう努めなければならない。
 ↑引用↑

→通報努力規定、そういったインフラを整備しろと言っている。

 ↓引用↓
特定サーバー管理者は、青少年閲覧防止措置をとったときは、当該青少年閲覧防止措置に関する記録を作成し、これを保存するよう努めなければならない。
 ↑引用↑

→ログを残せと言っている。(証拠を残せ)

問題点は、治安維持法にバージョンアップする前の法律に似てい過ぎるからだ。そのような認識に至ったのは、以下のサイトに、とても秀逸な意見が掲載されていたからです。これは準児童ポルノ法に反対したものですが、青少年ネット規制法にも当てはまる内容が多々あるので、紹介します。

ホームページ
児童・青少年保護を騙った憲法侵害を許すな!!
ねじ曲がりつつある児童・青少年保護に反対!
http://www.geocities.jp/mackensen_class/

表現の自由児童ポルノか(ダイレクトリンク)
http://www.geocities.jp/mackensen_class/app.html

このホームページはフレームを使っているので該当ページのダイレクトリンクを張りました。このページの最も下の方にモラル規制に見える法律(修正:青少年ネット規制法→モラル規制にみえる法律)が治安維持法に発展するまでの過程が書かれています。

 ↓引用↓
『思想の自由・表現の自由とは権力の横暴を糾弾するために行使されるべきものであって、不道徳を擁護するために存在するのではない。
だから不道徳な思想・表現を規制する法律を作る事は妥当なのだ。』

と反論する人もいます。
一見正論に見えるのですが、やはり同意するわけにはいきません。

法律による思想や表現の統制の前例を見ると、『低俗なものの取り締まり』という大多数の国民にとって理解の得やすい、かつ、実害の少ない規制からスタート し、それが徐々にエスカレートして『反体制的な思想の取り締まり』という典型的なファシズムへと増長しているからです。

もちろんここまで一気に到達するわけではありません。徐々に段階を経てステップアップしていく場合がほとんどです。

『低俗な作品単独の規制』(初期段階)

『作品を掲載した出版社・新聞社の他の分野にも規制を広げていく』(ステップアップ段階)

『最終的には反体制的な思想まで規制』(末期段階)

ところが大多数の国民の意識には初期の『低俗なものの取り締まり』というイメージが刷り込まれているため、この種の法律で逮捕されたニュースを聞いても、
『何か下品なことをやったのだろう。捕まって当然だ。』
と軽視され、このステップアップの過程が見過ごされてしまいがちなのです。
『反体制的な思想・表現』まで規制が進んだと気付いたときには手遅れです。
ここまで至ると、これは危険だと抗議する事さえ容易では無くなっています。抗議する事自体が反体制の行為ですから。

実例を挙げましょう。

戦前の日本には集会・結社・大衆運動の取締りを目的とした法律がいくつか存在しました。
かの悪名高き治安維持法が恐らくもっとも有名でしょう。
『治安の維持』という聞こえの良い大義名分とはかけ離れた悪法であったことが、現在は正しく認識されています。
そのひとつ治安警察法は『低俗な風俗の取り締まり』という一見もっともらしい主旨が盛り込まれ、当初はそのように機能していました。

治安警察法 第十条
集会に於ける講談論議にして前条の規定に違背し其の他安寧秩序を紊し若は風俗
を害するの虞ありと認むる場合に於ては警察官は其の人の講談論議を中止することを得

これがやがてファシズムへと増長し、日本国民から完全に『表現の自由』『言論の自由』を奪っていくのです。
 ↑引用↑

この歴史の解釈は、そのまま青少年ネット規制法に通じるものがあります。まず、情報の解釈を国が間接的にコントロールできる体制を整えます。青少年ネット規制法では、主観の混じる様な曖昧な規制対象にその傾向が色濃く出ています。なぜなら、曖昧であるが故に、拡大解釈がいくらでも出来る訳です。白紙委任状みたいなもので、その後でどうとでも付け加えられる曖昧さです。通常の刑法ならば、罪状を細かく規定して、そこで罰則を定義しますが、この法律は、情報そのモノを規制しようとしている為に、結果として、こういう拡大解釈を許す結果となっています。そもそも、法体系の中で、曖昧な規定で人を罰する法律を作ってはいけないのです。なぜなら、法が法である為には、その法が自らを縛る権利制限や規定を厳格に定めなければ、法律の体を成さないからです。

法が法を縛る法として憲法がありますが、この法律は、その憲法にも抵触すると考えられます。情報を規制しようとするコンセプトそのものが、この法律の最初の間違いです。例えて言うのならば、誘拐事件に電話が使われたから、電話を規制しろと言っている様なものです。

このような危険な法律を作るよりも、個人認証技術が発達するまで待つべきだったと思います。恐らく、この法律によって耐性菌の様な問題が生まれ、問題がより複雑になり、問題解決がより遅れる事になるでしょう。

老子の言葉
大国を治めるのは、小魚を焼くがごとし

小魚を焼くとき、あまりに手を加えすぎてしまうと、ぐちゃぐちゃになって食えなくなってしまう。この青少年ネット規制法も同じだ。余計な問題を増やすだけで何も生まない。むしろ、危険でさえある。